「特変」結成編4-4「彼園(1)」
あらすじ
「真剣にその人を考え、歩み寄る姿勢があるなら、いつか必ず他人事ではなくなるさ」☆「「特変」結成編」4章4節その1。修学旅行失敗というお休み期間に、またまた謙一くん外出に駆られます。隣町である静けさ漂う彼園の町、そこに刻まれた過去に手を触れる……。
↓物語開始↓

【謙一】
……休ませてよ……休ませてよ……
本日も結局休日ではなかった井澤謙一は、壊れたようにそればかり呟いていた。
因みに用事はもう終わっていた。

【黒田】
んだよ元気ねえな井澤!! また黒田焼肉来るかよ!!

【謙一】
……帰らせてよ……帰らせてよ……

【四谷】
あ、ちょっと変わった、何か面白そうだな。次何云わせようか……

【廿栗木】
鬼かお前
謙一、持ち直す。

【謙一】
にしても物資委員は優海町外にまで出張することもあるのか

【四谷】
物資委員に限らずだけどなー。主に南湘エリアが活動範囲内

【四谷】
冨士美町は勿論のこと……此処、彼園町でも、俺らは働いてるのさ

【廿栗木】
お前全然働いてねーだろ
Kenichi
そう、今俺は優海町ではない別の場所に立っていた。
Kenichi
隣町だった。

【謙一】
彼園町、か……
Kenichi
正直あまり、彼園ってワードには良い印象が無いんだが……。
なかなか静かな町だった。この町の人々は安穏としているのだろうか。
だったら、良いのだが……。

【謙一】
まさか真理学園は優海町だけじゃなくて彼園と冨士美も掌握しようとか企んでるのかな

【四谷】
ソレ俺らに聞かれましてもねー。寧ろ井澤の方が知ってそうだけど権力者だし

【謙一】
いずれ「あっ云い忘れてたけど~」なノリで南湘支配の話が飛んでくるかもしれないなぁ……

【四谷】
ありそうだなぁ

【廿栗木】
ありそう……
Kenichi
ただ、今のところはそんな話は全く聴かず、矢張り南湘エリア内といっても優海町と彼園町は全然別な町なのであり、冨士美町と優海町にしか関わってない俺が今のところ彼園町に立つ意味は無いのである。
Kenichi
それなのに今日この隣町に来ているのは、黒田の物資委員のヘルプに呼ばれたからだった。
正直断りたかったのだが、廿栗木も駆り出されてると聞いて、革命事件でお世話になってる廿栗木の手前で楽するのもアレだなと思ってしまったわけだ。
Kenichi
結局今週も疲れて家に帰ってる俺である。悲しい。松浦さんたち楽しくやってるかな……。

【謙一】
ていうか、超今更だけど黒田たちも修学旅行サボったんだな

【四谷】
まーなー
Kenichi
本来この3人も1年であり、修学旅行に行っていた筈なのだ。
Kenichi
……それなのに、俺たち同様に今週を変わらず南湘で過ごしている理由は、矢張り……

【謙一】
革命事件が、後を引いてるのか――

【四谷】
いんや、めんどくさくて準備怠ってたら、気付けばもう当日だったってだけ
Kenichi
全然そんなことはなくて、ただ単に俺たちと同じ理由だった。

【謙一】
え、お前らホント莫迦じゃないの?? 修学旅行の準備しなかったから旅行行けなかったとか、ちょっとおかしくね? そんな奴他にいる??

【廿栗木】
うっせーよ鏡見ろ

【謙一】
ていうか担任居るだろ? 何か忠告とかしてくれなかったの?

【四谷】
しようとはしてたんだろうけど、ほら、ガングロって見た目は結構アレな意味で不良じゃん? だから怖がられてて

【廿栗木】
別に脅してるつもりねーけどな。まーあたしは修学旅行なんて興味無かったし、家でゴロゴロしてた方があたし的に有意義……(←欠伸)
Kenichi
もしかしたら真理学園で一番立ち止まってるどころか寝転んでるのはコイツなのかもしれなかった。
Stage: 彼園駅

【謙一】
んじゃ、帰るか――ん?
やることもやったのでそのまま4人で帰ろうとしたところに……行きでは気付かなかったモノが謙一の眼に映った。
特に大きくもなく、鉄道に乗るためだけに存在するかのような彼園駅の、南口。
そこに広がるバス広場で、その碑。
人間の名前が数多く刻まれているのだと、すぐに謙一は気付いた。

【謙一】
これは――

【スーツの人】
あの日、犠牲になった彼園町民の名が全員刻まれているんだ

【謙一】
え?
Kenichi
膨大な名前の数に圧倒されていたせいか、隣に立つ男性に気が付くのに遅れてしまった。別にいいんだけど。
スーツを着込んでいるが、若い。そこまで歳は離れていないよう思うが、堂々とした立ち振る舞いを、既に感じている。

【スーツの人】
これを見たのは、初めてかい?

【謙一】
ええ、まあ

【廿栗木】
……いきなり声掛けてきたけど、このまま会話すんの……?

【四谷】
逃げるのも何かアレだし、特変管理職さんに任せとこうぜ

【黒田】
つーか本当にコレ何だ??

【謙一】
犠牲になった彼園の町民――
Kenichi
そう聴いて、真っ先に思い浮かべるであろう、世界の解釈……。
南湘でも影の薄い町、彼園町がそれでも世界的に有名である主因――

【謙一】
彼園の悲嵐、ですか

【スーツの人】
当たりだ。だいぶ年月も経つし、そろそろ人々がこの凄惨な災害をも忘れてしまうんじゃないか……そう思っていたから、嬉しいよ

【スーツの人】
君は、覚えていてくれる若者だと感じた

【謙一】
彼園と聴いたら、殆どの人は思い出すでしょうけどね。それが、この人たちに結びつくかどうかは別として、自分たちも対策に追われたんだから

【スーツの人】
ふっ……それもそうかもしれないね
Kenichi
――彼園の悲嵐。
Kenichi
もうだいぶ昔という認識になってきた、あの災害は当時の世界を震撼させた。いや、水浸しにしたと云うべきか。
Kenichi
それはもう、凄い嵐だったのだ。一つの気団は普通地域的であり、此処が雨降っていたとしたら一方どこかの地域では晴れている。今まで全國全域一斉に雨が降った日は、客観的に知る限りじゃあの日しかないのだ。
だからか、それは「想定外」だった。それまで為されていた対策は悉く破られて、全國が浸水した。幻想光景である「水中都市」が現実のものになったのだ。
Kenichi
それほどの大規模な大嵐の前に、無傷でなんかいられるわけはなかった。対策が甘かった割には足掻きが利いて犠牲者数はそれほどじゃなかった、と評価することもできるが、人々にとってトラウマとして思い出になるには充分。色褪せない恐怖だったろう。
Kenichi
だが、そんな全國規模の大嵐に、どうして「彼園の悲嵐」なんていう名前が付けられているのか……それは、この嵐が吹き荒れている中、起きた人災に依る。
Kenichi
この、今俺たちが立っている彼園町で、嵐が原因とは思えない損傷を持った遺体が見つかったのだ。
その数、当時の彼園町の人口の7割――凡そ17.5万人。
それだけの数が彼園の除水道に詰まり、南湘には赤い水溜まりが目立つことになった。
Kenichi
大嵐の中、何者かが、全ての危機感を嵐に囚われていた人々を切断して廻った。その犯罪者が誰なのかは、全く分かっていない。未解決なのであり、そいつは捕まっていないのである。
Kenichi
その最悪の一日で、最も最悪を迎えていたのは間違いなくこの彼園町だった。
この町を知って、人々もそれを納得し――この日は自然と「彼園の悲嵐」となったのだ。

【スーツの人】
除水し、汚れを取り除いただけでは、この町は戻らない。何をしようと、あの頃には戻れないのだろう

【スーツの人】
尊い命は、補えなんかしないのだから

【謙一】
…………
Kenichi
云ってしまえば、此処はその時、死に損なった町。
生き残ったとしても……「彼園の悲嵐」という疵痕を、世界の人々は内へ迎えてはくれないだろう。
Kenichi
同じ南湘という括りの一体感だったのか、優海町や冨士美町は様々な施策で彼園に手を差し伸べた。それもあってか、人口の全滅は免れているが……果たしてこの町を残す意義はあるのか。地元民はそれをどう考えているのか。

【スーツの人】
君は――この町のこの先を、どう思う?
Kenichi
男性は、俺にそれを問うた。
地元民でなく、南湘とはいえ他人に近い俺に。
俺は――

【謙一】
……存在し続けることは、難なくできると思ってますよ
Kenichi
随分と無責任な回答をしたと、思うが。
それが正直な考えだったから、ある種誠実だと主張しよう。

【謙一】
たとえ地理的にこの町が無くなったとしても……

【謙一】
人々の心には、歴史にはもう、拭いきれないくらいに刻まれてしまった。
Kenichi
幼いなりに、しっかり記憶している。
避難所に設けられていた中継映像に、人々と共に、釘を打たれたように――
Kenichi
雨が止み、水位が下がり始めて、すぐ、そのたった一日でどれだけの人が亡くなったのかがよく分かる光景だった。
除水口を塞ぎ、流れた自動車を呑み込み、瓦礫と同化した、ヒト溜まりを。
水に流れることのなかった、彼園町民の赤黒い山が――

【謙一】
だから、彼園町は、絶対に無くならない……

【謙一】
無くなりたくても、無くなれやしない

【スーツの人】
……………………

【謙一】
俺には、そんな未来がもう現実になっているとさえ、見えますけどね

【スーツの人】
なるほどね……良い意見だよ。そして、胸に響くね

【謙一】
赤の他人の意見が胸に響きますか

【スーツの人】
他人でなくなる事は簡単じゃないが、出来ないことではない。真剣にその人を考え、歩み寄る姿勢があるなら、いつか必ず他人事ではなくなるさ

【スーツの人】
君の言葉は、真剣だ

【廿栗木】
…………

【四谷】
また言葉、か

【黒田】
難しくてよく分かんねえなぁ……

【スーツの人】
長く引き留めてしまったね。すまない。だが話ができてよかったよ。心の底から、そう思う

【スーツの人】
僕も頑張らなければいけない。でなければ――っとね

【スーツの人】
それじゃあ、熱中症には気をつけて。水分をこまめに取るんだよ
Kenichi
有り体な注意だけササッとしながら、スーツの男性は足早に去って行った。

【黒田】
何だったんだー?

【廿栗木】
知らね
Kenichi
……あらためて、俺は巨大な碑を見上げる。
一つ一つ、小さくも確実に刻まれた名前たちを。

【謙一】
……汚れてるなぁ
Kenichi
今度、翠ちゃんに会ったら、少し訊いてみるか。
この町にどれだけ、我ら真理学園が関わっているのかを――