「特変」結成編4-7「地上世界(4)」
あらすじ
「井澤亜弥と、申します。不肖ながら、井澤謙一様の妹に属しております」☆「「特変」結成編」4章7節その4。井澤兄妹、お疲れ様のうたた寝。ちょっとだけ亜弥ちゃんの不自然さが飛び出る回です。次回、日常章ラスト!
↓物語開始↓

【美甘】
……飲み物、持ってくるよ

【謙一】
冷蔵庫まであんのか。ていうか賞味期限大丈夫か?

【美甘】
開封したらお持ち帰りが原則だから、大丈夫。飲みたいものとかある?

【謙一】
炭酸

【美甘】
元気だなぁ
Kenichi
苦笑して美甘がキッチンに。
俺は、拾ってきたという割には割と心地の良いソファに腰を委ねる。
Kenichi
その隣で……

【亜弥】
すぅ……
Kenichi
亜弥は、眠っていた。

【謙一】
……頑張ったな
Kenichi
無茶をさせたと思う。若干後悔もある。
Kenichi
でも、亜弥の意思の邪魔は、できるだけしたくなかった。

【謙一】
知りたい、か……
Kenichi
俺の見ている世界を、知りたい亜弥は、結局……まだ囚われているのだろう。
Kenichi
その意味で、まだ生まれていない。疲れた割には見てきたのはただただ暗闇で……これではまだ意味が無い。
Kenichi
何となく、撫でる。

【亜弥】
ふふっ……にへらにへら……
Kenichi
くすぐったいのだろうか。ちょっと悶えて、それでも頭を俺に委ねる。起きてるんじゃないかと思うぐらいの器用な反応だ。

【美甘】
お待たせ、エキサ持ってきたけどコレで大丈夫?

【謙一】
サンクス
Kenichi
テーブルにペットボトルを置いて、美甘はどう見ても通気性抜群な布の椅子に座り……
Kenichi
何かコッチを見てた。

【美甘】
……………………

【謙一】
ん……どした?

【美甘】
いや、似てないなって思って……

【謙一】
悪かったな

【美甘】
いや……寧ろ似てなくてよかったのかとも

【謙一】
どういう意味だ
Kenichi
テキトウな話題をテキトウに広げる。
Kenichi
だが、どう見ても美甘は妹に興味津々だった。

【謙一】
……亜弥はさ

【美甘】
え?

【謙一】
ここ数年、俺の家から出たことがない

【美甘】
…………え……
Kenichi
大体予想内の反応ではある。
そりゃ、そうなるだろう。そんなことを云われたら、大体の人はネガティブな背景を想像する。
Kenichi
だが、この子の事情は地上の人間には分からない。
地上の人間が、扱いきれるものじゃないとすら思う。

【謙一】
……見せたかったんだよな。亜弥に、この世界を……それが良いのか悪いのかは、俺には分からないんだけど
Kenichi
だから、亜弥と出会ってしまった俺は、とても不幸だったのかもしれない。
客観的に考えて、単純に幸運だったと云いきれるものじゃない。その後、尋常じゃないほど俺は苦しんだ。亜弥も苦しんだ。
Kenichi
俺たちの出会いは、果たして良かったのだろうか。それだって、矢張り分からない。

【美甘】
……何か……そんな風には、見えなかったな……凄く元気で、可愛らしくて……でも……

【美甘】
違和感は、正直、あったかな……

【謙一】
流石美甘だな

【美甘】
相当な仕事、だったんだな……あの時の謙一の云ってた意味が、ようやく分かったかも
Kenichi
美甘は、踏み込んでこない。
今その必要は自分にはないのだと、そう直感しているのか。他人の感覚なんて推し量れやしないが、俺は何となくそう確信していた。美甘なら――と。あの時ナビゲートをお願いした時からもう、こんな光景が俺の頭では想像されていたとすら。
Kenichi
どうしてこんなにも信頼のできる仲間が、あの学園で出来たのだろうか。すっごく不思議に思うこともある。
兎も角、素直な気持ちを吐露するならば。

【謙一】
俺は美甘と会えて、ホントに良かったよ

【美甘】
…………
Kenichi
美甘が俺や亜弥の事情を知らないのと同じように――
美甘のことを、俺はまだ全然知らないだろう。
Kenichi
それでも、こんなにも助け合えるものなんだと、特変が結成された時の俺には分かってなかっただろう。
Kenichi
まさか「仲間」なんていう突飛な釘に、こんなにも救われてるだなんて――

【美甘】
……ウチも…その……

【美甘】
謙一と、志穂と……皆と同じクラスになって……

【美甘】
謙一と同じでさ、やっぱりウチも全然これで良いのか分かんないけどさ……

【美甘】
嬉しい、な……ってさ……
Kenichi
人はひとりで生まれ、ひとりで死ぬ。
Kenichi
故に道は重複しない。その道に、ひとりで臨み、ひとりで苦しむ。それが人生だろう。
Kenichi
沢山の苦しみや悩みを抱えているだろう美甘は、俺と亜弥、志穂たちと関わって……この先どうなっていくのだろうか。
Kenichi
それも、明日より先に、見ていかなきゃな。
それが俺の――

【謙一】
――?
Kenichi
俺の……何だ?

【???】
失礼しまーす……

【美甘】
あ

【謙一】
ん
もう一人の功労者が合流完了である。

【秋都】
ふぅ……結構、動物さんたち起きてたねー……

【美甘】
そうだった……徳川さん独りで此処まで来るんだった……マジごめん……

【謙一】
徳川、大丈夫だったか? ボルカニックパンダとか……

【秋都】
何とか撒いてきたよ……(苦笑)
Kenichi
もう徳川のスペックについて突っ込むのはやめようと今日思った。

【秋都】
亜弥さんは……寝てるね

【美甘】
はい、飲み物どーぞ。そりゃ、慣れてない山道を深夜に登ったらなぁ……

【秋都】
ありがとー。取りあえず、花火大会も無事終わって、暴走族も一斉逮捕に成功したから、帰りはずっと楽だと思うよ。送っていけるし

【美甘】
へー暴走族……あの五月蠅いの、捕まったんだ……警察もやるじゃんか

【謙一】
いや、ヤったのは……というか徳川さん、お願いだから帰りにあのドリフトは……

【秋都】
流石にやらないよー(苦笑)。行きとは違って帰りには他の車もあるだろうし

【美甘】
ドリフト……?
秋都は丸いクッションチェアーに座った。

【秋都】
……私と、堀田さんはコレでお仕事は完了だよね

【謙一】
ああ。二人とも本当にありがとう。この1学期、ずっと助けられっぱなしだったけど

【美甘】
仲間だから、当然だっていつも云ってるし

【秋都】
私は仕事ついでって感じだったからちょっと申し訳なさも……

【謙一】
この恩はどっかで返すよ。ただまあ、まだ暫くは特変とプライベートで忙しいだろうから、長い目で見てくれると助かる

【美甘】
う、うん……

【秋都】
…………

【秋都】
あんまり、似てないんだね

【美甘】
……それさっきウチが云った……

【謙一】
因みに美甘に云ったことでもあるが、亜弥は数年ぶりに外に出た

【美甘】
ちょ、ソレあんまり軽く云うもんじゃ……!

【謙一】
こんだけ協力してもらったしな。それに、徳川には前も云った動機だが……

【謙一】
俺の亜弥に対する配慮は、亜弥の世界を狭めている。それは必要なことだけど、ならせめて信頼に値する人には亜弥の存在を知っておいてもらったほうがいいんじゃないかって

【謙一】
ここ最近凄く密接に人附き合いしてるからかな、そんなことに気付いたんだ

【美甘】
……謙一……

【秋都】
単純に、引き籠もり、ってわけでもないんだよね
Akitsu
車内で、暴走族相手に律儀に自己紹介しようとしていたところから察するに……
Akitsu
一言で云うなら、世間知らず。

【秋都】
監禁プレイ……

【謙一】
どんな思考回路でそんな単語に辿り着いたのか知らんけど、ほぼ正解です

【美甘】
正解かよ!!

【謙一】
亜弥は訳あって外に出れない、いや出ようと思えば今日みたいに出れるんだけど、それはできるだけ避けた方がよくてな。だけど、内気なわけじゃない

【謙一】
寧ろ、外を知りたがってる。厳密には俺の見ている世界を見てみたいっていうところなんだが……好奇心旺盛なんだ。だから、多分2人のことも知りたがってる

【謙一】
俺以外の人間に会うのだって数年ぶりだったんだ……そりゃ、こんなに疲れるわな(←撫でる)

【亜弥】
すぅ……にへらにへら……兄さん、そんなトコ、ダメですぅ……

【謙一】
亜弥ちゃん、どんな夢見てんだろうなぁ(←撫でるの止める)

【美甘】
…………
Mikan
俺以外の人間って……
じゃあ、謙一の家って……

【秋都】
井澤くんは……兄妹で、過ごしてるんだね。だからあんなに、お金に執着してたんだ

【謙一】
そういうこと。真理学園には全額免除負担の奨学金制度と家の近さから入試受けた。まさかこんな事になるとは思ってもいなかったが、箇条書きのメリットを見比べたら彼処以上に良い学校は見つからなかったんだ

【謙一】
特変は大変だが、お金が入る。それがあれば生活は維持できるし、余剰なお金が発生すればソレ使って亜弥に色々紹介できる。結局のところ、翠ちゃんには感謝してるんだよなぁ

【美甘】
……薄々、勘付いてはいたと、思うけど……

【美甘】
謙一は、家族の……この子の為に、この3ヶ月……いや、今までずっと、頑張ってきて……

【謙一】
まあ、そんなところ。

【光雨】
うぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~ん、良い話なの~~~~!!!(泣)

【謙一】
あれ、お前起きてたの!? ていうか光なのにマジもんの液体出てない!? 濡れてるんだけど俺の服!

【美甘】
……………………
美甘、決壊。

【美甘】
お前良い奴過ぎるだろ~~~~~……!!(泣)

【謙一】
な、泣かすつもりはなかったんだけど……何かごめん……

【秋都】
私も泣いた方がいいのかな……(苦笑)

【謙一】
それだと俺が気まずくなるから……
Akitsu
でも……そっか。
Akitsu
貴方がある時期から、突然様相を一変させた理由が、多分分かった。B等学生になってからはずっと勉強しっぱなしで、遊ぶ様子も全然無くなって、怖いとすら思うくらいの生き様を送ってたのは……
Akitsu
そこに私の入り込む隙間は、ない。
ずっと分かってたし、真実を知ってもその認識は変わらない。
Akitsu
つまり、私にはどうでもいいことだった。それも……最初から、分かってはいたこと。
だから私は、この状況でも涙が出る気配が無かった。
Akitsu
寧ろ、私は、苛ついてたのかも、しれない――

【秋都】
……私の両親は、井澤くんの知っての通り……

【謙一】
え?
Akitsu
だから、気付いたら、私は自分の家族の話題を出していた。

【秋都】
とっっっっても、平和な人たち。そして不器用

【秋都】
壊滅的な人と壊滅的な人が、よりにもよって両想いになってしまったんだ。だから、周りの協力は不可欠だった

【秋都】
……見てるだけで色々くだらなく思えてきて、癒やしの効果があるのかもね。案外、放っておくこともなく周りの友達がいっぱい助けてくれて、それで今に至るんだよ

【秋都】
もういっそ、そのままでいてくれ、みたいな感じで

【謙一】
そ、そうなのか……因みに、その娘たる徳川は?

【秋都】
井澤くんを見倣ってほしいとは思ってるかな……(ガチの声色)

【謙一】
そっか……
Kenichi
徳川家もなかなかカオスである。

【秋都】
堀田さんは、朧荼くんの情報によれば、自宅組なんだよね

【美甘】
――へ!? ウチ!?
流れとしては決して不自然ではなかったが、美甘は自身にソレが飛んできて不意を衝かれていた。

【美甘】
あ、うん……ていうかアイツ何調べてるんだ……

【謙一】
女子部屋に盗聴器を仕掛ける奴に何を今更

【美甘】
まあ……話を聞く限りでは徳川さんのとことウチの家とは全然、雰囲気違うな……

【美甘】
今は……暗いな……

【謙一】
……そうか

【美甘】
でも、昔は結構、幸せだったんだ。お父さんは冒険家で、色んな秘境を写真に撮って、色んな話聴かせてくれてさ

【美甘】
長い休暇をとったら家族みんなで冒険もしたなぁ。お兄ちゃんたちが結構莫迦でさ、まぁお父さんはもっと莫迦なんだけど……そんな野郎どもにウチも頑張って附いて行って燥いで……それを後ろでお母さんが見てるんだ

【美甘】
そうやって……此処、冨士美草原も、見つけた

【美甘】
我ながら、野生溢れる幼少時代を過ごしたもんだったなぁ。でも……それがあったから……

【美甘】
今、謙一を助けることが、できてるんだって思えたかも

【謙一】
……ああ。少なくとも俺は、物凄く助かったよ今日
Mikan
今を作りだしてしまったのは……やっぱり、ウチなんだろう。
Mikan
その事実に対して、ウチは……

【美甘】
……なあ、謙一

【謙一】
何だ?

【美甘】
家族って……大切にすべきかな

【謙一】
…………

【秋都】
…………
Kenichi
溜息ぐらい、力が無いように吐かれて……それでいて、とても鋭利な質問だと感じた。
Kenichi
どうして、それを俺に投げたのだろう。
美甘は今、何を思い浮かべているのだろう。
Kenichi
俺は、何と答える――

【亜弥】
ん……んん……

【美甘】
あ――
回答よりも前に、亜弥が起きた。

【亜弥】
……ぁれ……此処は……お布団、じゃないですぅ……

【亜弥】
そうだ……松髭様に、自己紹介、しないと……

【美甘】
松髭……? 誰……?

【謙一】
松髭さんはもう居ないぞ。今頃刑務所かな

【美甘】
誰――!?

【秋都】
あ……もう、時間じゃないかな
云われて、美甘と謙一も気付く。
4時。遂にその時は訪れたのだと。

【美甘】
……行こっか

【謙一】
ああ。亜弥、立てるか

【亜弥】
はい――おっとっと……何だか、とても落ち着く香りです……あと兄さんの香りです

【謙一】
ログハウスだからな。あと後者は単純に俺に引っ付いてるからだな

【亜弥】
えへへ……
Kenichi
っと、そうだ。

【謙一】
亜弥、松髭さんにはできなかったが、一応お二人に自己紹介しておこうか

【亜弥】
あ、そうです、美甘様も秋都様も、ただ私が知っているだけでした……申し訳ありません

【謙一】
謙譲語出てるぞ亜弥

【亜弥】
あれ、あれあれ……
Kenichi
寝起きで軽く混乱してる亜弥。
だが、すぐに切り替わる。

【亜弥】
井澤亜弥と、申します。不肖ながら、井澤謙一様の妹に属しております

【亜弥】
……今登録された情報は、以上になります

【美甘】
へ――?

【秋都】
…………
Kenichi
呆然とする二人。まだまだ課題だらけなのが見事露呈したわけだが。
Kenichi
最後に、俺はこれを亜弥に問うてみることにした。

【謙一】
なあ、亜弥。質問なんだが……

【謙一】
家族って、大切すべきかな

【美甘】
え――

【亜弥】
家族、ですか――?
Kenichi
数年教えこんできた、自主思考の時間はあっという間に終わる。
Kenichi
元々亜弥の価値観は決定的に少ない。そりゃそうだ、あの家の中で養われたものなんて、ちっぽけなのだから。
Kenichi
でも、だからこそ、それはとてもあの家の空気を純度満点で吸い込んでいることも、意味していた。

【亜弥】
無くては、なりません

【亜弥】
兄さんのことが、大好きですから――!
Kenichi
だから、これで美甘に伝えるべき俺と亜弥という真実は、必要十分だろう。

【美甘】
……………………

【美甘】
そっか……亜弥ちゃんは、本当に……お兄ちゃんが好きなんだな

【亜弥】
はい。兄さんのことが、大好きです

【秋都】
…………(←吐血抑える)

【美甘】
そっかぁ……大好きかぁ……ちょっと犯罪の臭いがしてきたなぁ

【謙一】
いやいやいや!?

【美甘】
嘘だよ! あはは、でも、ちょっと似てるとこ、見つけたかも
Mikan
……羨ましいって思ったなら。
Mikan
ソレがウチの、本当の……

【美甘】
堀田美甘。行こっか。最高の景色を、見せてあげるよ亜弥ちゃん!

【亜弥】
は、はい美甘様。最高の景色、ですか……?

【秋都】
私はもう名乗った気がするけど、徳川秋都……特にやることないから、後ろで見守ってます……

【亜弥】
????

【謙一】
徳川、ちょっと血出てない……?
Kenichi
――色んな話をした。
Kenichi
有意義かどうかは知らないが。
究極的に同じ道を歩むことはないが。
Kenichi
兎も角、歩くのだ。今は、この妹の手を引っ張り……

【謙一】
……頼むぜ、神様。マジで良い瞬間を用意してくれ
Kenichi
扉を開き、黎明を望む。
一つの結末が、すぐ其処にある。