「特変」結成編4-6「壁に包まれた妹(4)」
あらすじ
「優海町夏祭り……別名ゲロ祭り……またこの季節がやってきやがった……」☆「「特変」結成編」4章6節その4。秋都ちゃんの運転でコクローを直すべく辿り着いた場所とは? ※次回から日常章の最終節です。もう少々お付き合いください。
↓物語開始↓

【秋都】
戻りましたー
目的地に着いた秋都は、駐車場に戸惑いなく駐車し、戸惑いなく彼方此方汚れの目立つ建物のドアを開けた。
戸惑いを隠せない謙一は、それに続く。

【秋都】
すみません、だいぶ遅れました

【安田】
連絡は聞いてたし別に問題はねえけど、何やってた――

【謙一】
え?
Kenichi
あれ、この人確か……。

【謙一】
2年の、安田好太郎――

【安田】
特変の、井澤謙一だぁ――!?
特に直接的に対峙したことはないが敵同士であることはお互い知っていたので、取りあえず気構える。

【謙一】
と、徳川? どういうことだ?

【秋都】
えっと、安田先輩はこの会社でアルバイトしてるんだ。車の修理とか、詳しいんだよ

【安田】
……そういや、井澤は確かバイク通学だって聞いたことが……まさか、徳川……

【秋都】
はい、お客様です。私経由ですので、割引を適用させてもらえればと

【安田】
ふっざけんなよぉぉ……流石にこのレベルの心の入れ替えはムズいだろまだそこまで時間経ってねえよ……

【謙一】
……因みに、徳川はこのでっかいガレージの建物とどういうお関係が……?

【秋都】
は、恥ずかしながら……実家です……

【謙一】
……………………
Kenichi
いわゆる、自動車整備……それも個人経営なノリ……。
Kenichi
ヤベえ、正直全然繋がんねえ……!! 人を見かけで判断したくはないんだけど、徳川と自動車整備業が全然結びつかねえ……ッ!

【安田】
……気持ちは……分かる……
何故か好太郎は遠い目はした。
その直後、所帯主がすぐにご登場である。

【弥介】
あっと、ごめんねーちょっとリビングに紅茶零しちゃって、拭いてたらもう営業始まってたよー好太郎くんー

【安田】
ほんと遅いっす――って全身整備服びしょ濡れ!! 何㍑紅茶零したらそうなるんすか弥介さん!!

【弥介】
ふっ……有りっ丈の液体を床にぶちまけてきたよー。斎里さんと一緒にね

【斎里】
あら、あらあら? 弥介さん、お客様ですよー? 御歓迎しないとー(←私服びしょ濡れ)

【弥介】
本当だ、そしてよくよく見たら秋都ちゃんが帰ってきたじゃないかー! お帰りー学校はどうだったー?

【秋都】
パパ殿とママ殿です……

【謙一】
ど、どうも……
Kenichi
――似合わねえッ!!!

【安田】
……あの、取りあえず特へ――お客さん来てるんだから、要望訊いた方がいいんじゃないすかね……

【弥介】
お客さん、車はー? おや、抑も、車を持っているのかなー?

【謙一】
ああ、いま徳――秋都さんの乗られたトラックの荷台に載せてもらってまして

【弥介】
なるほどー。それじゃあ、見てみよー
Kenichi
「なるほどー。それじゃあ、見てみよー」の間に早口なら「生麦生米生卵」を2周できそうなくらい、言動がおっとりしてる、何て云うか見てるだけで幸せな気分にさせてくれそうな男性がガレージから外のちょっと広い駐車場のトラックへと歩いて行く。

【斎里】
秋都ちゃん、朝ご飯食べたー? 丁度今あるけど、食べるー? あっ、お客様も、是非どうぞー(←びしょ濡れでバラバラのサンドウィッチらしきもの)

【安田】
ソレッ、多分紅茶と一緒に床にぶちまけたやつっすよねッ!? いいから斎里さんはハウスに戻っててくださいッ!!

【斎里】
好太郎くんの意地悪ー……
Kenichi
これまたおっとりしてて、そして自分がびしょ濡れなのも構わずにお客さんにびしょ濡れなおもてなしをしてくる気丈な女性。
Kenichi
2人を見て、矢張り心の底から思った。
Kenichi
似合わねえ。

【安田】
取りあえず見てみたけど、見た目が酷いだけで、重要なとこは結構無事だぜ

【安田】
ただ、エンジン関係の部品がちょっと傷入っててな。このバイク、部品から全部オリジナルでできてやがるから、交換するとなるとそのオリジナルをまた作らなきゃいけねえ

【安田】
今すぐこのガレージで用意できるものでも当然ないから、徳川ガーデンからお得意様に模倣品をお願いするのが最安価になりそうだな。購入元に直接問い合わせるのも当然アリだが、それだと十中八九値が張る

【安田】
何にしても、コイツがまた走れるようになるには少なくとも1ヶ月は必要だなぁ
整備士の格好をした徳川ガーデンの事業主の雰囲気に不安しかなかった謙一だが、コクローは冷静に分析され、最安価のプロセスをしっかり掲示してもらったのだった。但し、やったのはバイトの安田である。

【謙一】
コクロー……無事で良かったぜ……無事じゃないけど……

【安田】
んにしても懸賞で当てるってどんなだよお前……羨ましいにも程があるぜちくしょー……

【謙一】
安田先輩って、何で此処で働いてるんですか。確か、寮生ですよね

【安田】
何で知ってるやら……まぁ、確かにそうだけどよ

【安田】
俺の進路は、コッチ方面だからさ。けど学園じゃ全然教えてくれねえからな、こうやって地道に実地見つけて経験積まなきゃいけないわけよ

【安田】
……もっとマシな実地を見つければよかったと正直思ってる……

【謙一】
ご愁しょ――じゃねえや、お疲れ様です……

【斎里】
どうぞー水道水ですー(←びしょ濡れ)

【謙一】
ど、どうも……
Kenichi
まさかの水道水を貰った。新品である筈の紙コップはえらく汚れていた。
そして新鮮であるはずの水道水にしては何だかすごく苦かった。

【弥介】
いやぁ~、好太郎くんが居てくれて、本当に助かったよー。おじさんじゃ、ちょっと太刀打ちできなかったからねー

【安田】
娘の雑務と他人且つバイトの俺で維持されてるこの家は間違いなく終わってる……

【謙一】
だから徳川、あんなに毎日働いてたのかB等の頃から……

【秋都】
わ、私はそんなに深刻に考えてたわけじゃないけどね……ただ、頼まれたからやってたってだけで……
Kenichi
しかし、結果的にその厚意によって徳川ガーデン……というか徳川家が何とかなっている、というのは間違いなさそうだ。
極めつけに、ご両親のこの信じられない不器用さ……不器用なんて3文字で片付けていいのか分かんないくらいにヤベえスキル。
徳川の普段の優等生っぷりはもしかしたらこの2人の反面教師という形で養われたのかもしれなかった。

【弥介】
でも、そうかー。お客さんなだけじゃなくて、秋都ちゃんと同じ学園の学生だったのかー。学生なのにあんなに大きいバイクの運転ができるって凄いねー

【謙一】
まぁ、色々面白い巡り合わせがあって、それに便乗した結果ですね……
Kenichi
それ考えたら徳川のこと云えたもんじゃねえな俺も……。

【弥介】
自己紹介遅れましたー、秋都ちゃんのパパ殿ですー(←名刺渡す)

【謙一】
あっ、どうも……(←受け取る)
Kenichi
それ自己紹介になってない、っていうか名刺まで紅茶でびしょ濡れで超文字見えにきいや……。

【斎里】
私、秋都ちゃんのママ殿でーす。名刺は作ってないから、空気で手渡し~(←エア名刺渡す)

【謙一】
……どうも……(←受け取る)
謙一、我慢の限界で娘さんを見る。

【秋都】
……………………
Akitsu
2人ともやめてえぇええええええええええええええええええええええええええ!!!
この時ばかりは秋都の叫びを何となく顔から知覚できた謙一だった。心の中で合掌。
閑話休題。

【謙一】
1ヶ月か……間違いなく、土曜日には間に合わねえな……代案考えないと

【秋都】
……冨士美町から、優海町まで行く過程の、だよね

【謙一】
ああ。あの子の体力からして、あの距離で労力を使ってはならない。山登りだけでも多分力尽きるだろうから……
Kenichi
そっからは俺が背負っていけばいい。美甘がサポートしてくれることになったから、両手が使えなくなるデメリットもだいぶ薄れた。森に入ったら後はもうなるようになる……だから、やっぱり問題はそこに至るまでの道のり。

【斎里】
土曜日っていうとー、優海町は夏祭りよねー。私たちもー、遊びに行こうかしらー弥介さんー秋都ちゃんー

【秋都】
あ、私は用事あるからパスで……

【斎里】
折角の優海町デビューなんだから、もっと優海町に馴染めばいいのにー

【弥介】
秋都ちゃんは、シャイなんだからーあははー

【秋都】
……………………
Kenichi
気のせいだと思うし実際音は聞こえなかったが、何となく舌打ちの気配がした。気のせいだ、うん。

【安田】
優海町夏祭り……別名ゲロ祭り……またこの季節がやってきやがった……

【謙一】
え……何すか、その不名誉な二つ名……

【安田】
花火大会なのは別にいいんだけど、ほら、優海町民って皆元気だろ……燥ぐときは徹底的に燥ぐんだよ、酒飲んで……

【安田】
それに南湘全体、中には南湘の外からわざわざやってくる物好き、もといバカ酒好きが集まって、夜更けまで続く花火終わっても駅前で連続パーリナイト、そして吐瀉の花火がパーリナイト……

【謙一】
最悪だ……
Kenichi
駅前もけっこう盛り上がるって奏は云ってたが、まさかそんなにお下品だなんて……!
Kenichi
直接関わるつもりはないが、亜弥をそこに近付けようってんだから正気じゃなくなりそうだ……。間違っても電車経由はダメだな。

【安田】
事情は知らねえけど、土曜日に外出るって感じか? 正直、夜はやめといた方がいいとは思うけどな。花火大会も汚いし、それなしにしても最近物騒だ

【謙一】
それって……もしかして、暴走族?

【安田】
流石に特変の大将さんは情報網広いなオイ。最近はファイアフライっつー新興勢力が世界中を走ってるとかでな

【安田】
何でも、各地の花火大会の夜、近くの公道に現れて、バイクの騒音をBGMにして花火をより楽しんでもらおうっていう慈善団体……ていう設定らしい

【謙一】
果てしなく迷惑っすね……

【安田】
んで、プロ意識は無駄に高いもんだから、リハーサルは何度も重ねるんだよなぁ。最近夜騒がしいのはソレだ
Kenichi
……元々バイクを飛ばすのも、そいつらと当日ぶつかる可能性も大きくて、危険だったということか。

【秋都】
……井澤くんって、公道を走る時間帯はいつ頃を予定してたの?

【謙一】
ん? そうだな……23時かな

【安田】
お前、その時間補導されかねないんだけど……

【秋都】
恐らく、井澤くんに関わってる暇は、当日の警察さん達にはないと思います。だってもう、ファイアフライっていう暴走族が当日暴れるのが分かってるのだから。それを、徹底的に取り締まってくる筈

【秋都】
……暴走族が暴走できる広さを持つ道だけじゃなくて、その花火大会が盛り上がってる時間帯に自動車で走るのは、相当に難しいと思う

【秋都】
……それでも……

【秋都】
決行、するんですか?

【謙一】
…………
Kenichi
それは、今とても重要な確認だっただろう。何より俺にとって。
Kenichi
ここまで、悪い条件が揃っている。同時に俺たちには良い条件でもあるのだが、どうにもあの森へと辿り着くまでの道が、見えてこない。
Kenichi
……だがそれなら延期するか?
Kenichi
――天感は、叫ぶ。
後ろは無い、と。
Kenichi
なら、経験則上、無いのだろう。
その選択肢は、存在しない。俺の中には初めから――

【謙一】
する
井澤謙一の、迷い無い回答。
それに一呼吸程度の間を置いて、秋都は――

【秋都】
……なら……

【秋都】
私の予定も……決まった、かな……
力を抜くように、苦笑した。

【謙一】
……徳川――?

【斎里】
あらあら? 秋都ちゃん、さっきもう、予定あるって――

【安田】
空気読んで黙っときましょ? ね?
――様々な問題を現実として抱えながら。
運命の当日を、迎える――