「特変」結成編4-6「壁に包まれた妹(3)」
あらすじ
「あの子の世界を確実に狭めていたのは、俺だったのかもしれないって」☆「「特変」結成編」4章6節その3。冨士美草原からの帰り道、謙一くんのマイバイクに悲劇到来。そして秋都さんの新たなスキルが発覚します。
↓物語開始↓

【謙一】
ふぃー……やっと、戻って来れた
冨士美草原で会話をしてから、可成りの時間が経って、3人は町に戻ってきた。
別に4時間かけて下山してたのではなく、疲れていた謙一と秋都がログハウスで休憩を取ったため、その分遅れたというだけのこと。
ナビゲーター堀田美甘の腕は確かで、安全確実だった。

【謙一】
この調子で、当日もよろしく頼むわ美甘

【美甘】
うん、任せてよ。っと、それじゃ、ウチ別の用事もあるから、ここでお別れだな

【美甘】
細かいスケジュールとか、決まったらチャットに寄越して
Kenichi
美甘は走り去って行った。
……あんだけ歩いてまだあんなに元気に走れるのか……体力やべえな……。

【謙一】
にしても用事あったのか。悪いことしちまったな……って、そういえば徳川は大丈夫か?

【秋都】
――え?

【謙一】
いや、何か用事とか……

【秋都】
だ、大丈夫だよ、何も無いから心配しなくても……

【謙一】
そ、そっか……
Kenichi
……徳川は、何か、下りてくる時も比較的無口だった。元々そういう性格なのかもしれないが。
っていうか――

【謙一】
抑も徳川って、どうして優海町に来てたんだ?

【秋都】
……へ?

【謙一】
だって確か徳川は優海町ではないだろ? 多分、冨士美町かなと。でもそれなら、なんであんな夜更けに優海町に来てたのかなと

【秋都】
ああ、それは……ちょっと雑務委員で

【謙一】
凄えな、仕事熱心だな……尊敬するわ

【秋都】
ただ何もやることがなかったってだけです……
Kenichi
そう苦笑……してるのか? ちょっと徳川は表情が分かりにくいが、兎も角相変わらずの優等生っぷりである。
それでいてこの俺に優しくしてくれる味方っぷりはほんとクラスメイツに見倣ってほしいと思う。

【謙一】
んで、徳川は帰りは電車か

【秋都】
あ……ええと、乗り物かなぁ

【謙一】
チャリかぁ。俺はコクローだから、走行速度的にもコレでお別れだなぁ

【秋都】
あはは……井澤くん、此処来る前から、バイク乗りこなしてたよね

【謙一】
無事故無違反だぜ……まさに俺の微に入り細を穿つ精神が宿っているかのような、一心同体の相棒――
2人はコクローを駐車している駐車場に着いた。
コクローはスプレーで盛大に落書きされていた。

【謙一】
AIBOooooo!?!?

【秋都】
あ、あちゃー……
駆け寄るも、至る所が凹んでおり、更にはエンジンも壊され、ついでに吐瀉物塗れだった。

【謙一】
い、一体、何が……誰がこんなことを……

【秋都】
そういえば昨日、暴走族さんたちがバイクで結構暴れてたような……酔って此処にでも来たのかな

【謙一】
ゆ、優海町の夜結構治安悪いのか……!?

【秋都】
優海町というより、最近暴走族が南湘で走ってるっていうのは訊いたことある……普通に近所迷惑で起きちゃうレベルの騒音だったよ
Kenichi
よりにもよって、この時期に……
Kenichi
ていうか、コクローが無いと亜弥をここまで連れて来れないんだが……バイク2人乗りをいきなり運動不足気味な亜弥に強いることすら問題だったのに、徒歩はもっと無理だろ……!
Kenichi
昼に駅を使って連れ回すのも、リスキーだし……。

【謙一】
ああもう、また問題が一気に……

【秋都】
……取りあえず、コクロー、何処に修理出す……?

【謙一】
……え? 修理?

【謙一】
いや、コレもう完全にお亡くなりじゃ……(←落ち込む)

【秋都】
案外、細かく見てみると希望が発見できるかもしれないよ。実は、後で寄ろうとしてた処、そういうの得意だから見てもらったらどうかな?

【謙一】
まぁ、コクロー自体非売品だからここで手放すのも惜しいな……お問い合わせとかどうしたらいいかな

【秋都】
今から、直接持って行けばいいと思う
Kenichi
徳川は、タイヤは無事なのを確認すると、色々弄りだして、コクローを牽き出す。
……え?

【謙一】
え、ちょ、徳川? まさかとは思うが、それ今から、本当にそのまま引っ張って行くのか? ていうかゲロ塗れだからソレ!! O157とかヤバいって!!

【秋都】
付かないように気をつけてるし、後で手洗いうがいすれば大丈夫かなって

【謙一】
と、徳川……
Kenichi
コメントしづれえ……凄え……

【謙一】
大体、そのお店って何処にあるんだ……?

【秋都】
冨士美町だよ

【謙一】
冨士美まで手で押していくつもりか!? それは幾ら何でも悪すぎるんだが!

【秋都】
あ、大丈夫。乗り物に乗せるから

【謙一】
乗り物……? って、チャリなんだろ? 無理だろ、百歩譲って牽引でも無理だろ――
井澤謙一、度肝抜かれるまで5分前。
5分後。
度肝抜かれた井澤謙一は助手席に座っていた。

【秋都】
昼間だから、あまり飛ばせないけど、多分20分くらいで着くと思う

【謙一】
――――――――
秋都にそのつもりはないが、ネタばらし。
中型トラだった。
その後ろの荷台には見事、変わり果てたコクローが固定されて横たわっていた。

【謙一】
――――――――

【秋都】
そ、そこまで驚かなくても……(私のことでこんなに長くリアクションを取ってる謙一くんの横顔素敵! でも眺めてて交通事故とか起こしちゃ悪いからしっかり前見ないとあぁぁあ――)

【謙一】
……革命の……ときにも、ちょっとアレ? って思ったけど……

【謙一】
徳川は、特変に入れたんじゃないかな……?

【秋都】
あ、ありがと……えへへ、褒められてる、感じかな……(謙一くんと同じクラスにまでなっちゃってたら最早完全呪い確定だね、いやでも今の時点でもう既に呪いというかもっと酷い気もする、どっちにしても私不憫)
Kenichi
何故か学園長と志穂には嫌われてるらしい徳川だが、あの2人の調子を乱せる時点で相当な実力者である。ただ正直これを褒め言葉といっていいのかは分からない。
Kenichi
で、薄目で現実を見ますと、どうやら徳川さん、俺同様に免許持ってるっぽいです。それ自体は珍しくは……あるけどもまあ良いとして、その免許のレベルが無視できないレベルで凄かった。
Kenichi
抑も大輪の法にもちょっとコレ触れるんじゃね……? と徳川に質問してみたところ、「あはは」の一言だけ貰った。俺はもう考えないことにした。
Kenichi
取りあえず、コレを使って雑務委員の仕事をこなしていたようだ。お疲れ徳川、働き過ぎじゃないか徳川。

【秋都】
……………………

【謙一】
……………………
無言の時間となる。
公道を走る秋都の隣で、謙一は何もやることがなかった。
自分の静寂。他者に身を委ねた異様な環境。
……そこに、今までにない居心地を覚えた謙一は、話し始めた。

【謙一】
……妹なんだ

【秋都】
え――?

【謙一】
明後日、美甘と一緒にあの場所に連れて行きたいのは、妹なんだ

【謙一】
……絶対に、失敗はしたくないが、失敗するかもしれない

【謙一】
分からない賭けはあんまりしないタイプなんだけどな。そうも云ってられない、気がした。だから……歩き出してみようって、思った

【秋都】
…………

【秋都】
私は――それを、聞いていいの……?
運転の気を緩めることなく、秋都はまた慎重に、謙一に確認を取る。

【謙一】
何だろうな。今まで、誰にも話さないようにしよう、って思っていたし、それは間違いじゃなかったとは思ってるんだ。ただ……

【謙一】
独り相撲になりすぎてないかな、とも思ってた。あの子の世界を確実に狭めていたのは、俺だったのかもしれないって

【謙一】
信頼できる奴には、話したっていいんじゃないかって

【秋都】
……私を、信頼できるって、いうこと……なんだ

【謙一】
沙綾とか乃乃とか、ああいう厄介な奴らよりはずっとな。美甘も徳川も、気の遣いかたが凄まじい。それは、今の俺には好都合だ

【謙一】
亜弥のことを知って、大丈夫な人だって……徳川は俺の味方だって

【秋都】
……………………
Kenichi
話したからって、何かが変わるわけではない。単なる日常会話の域を出ない。
Kenichi
本当に、これは俺が独りでドキドキしているだけの、くだらない時間。失態にも見えるだろうか。
Kenichi
元々狙ってもいなかったが、静寂が生んでいた気まずさはより濃度を増して……目的の場所に辿り着くまでは、俺は次の言葉も見つからず半分口を開けたままだった。
Kenichi
……ただ――
聞き間違いかもしれない、声量からしても上手く聞き取れてなかったかもしれない、何に向けたものなのかも分からない、そんな――

【秋都】
酷いな――
Kenichi
徳川の、独り言は、聞こえたのだった。