「特変」結成編4-6「壁に包まれた妹(2)」
あらすじ
「この森……というか最早山だけど、山登りを甘く見すぎなんじゃないかな。まだ2回しか登ってない素人」☆「「特変」結成編」4章6節その2。謙一くん、ある思惑をもってあの草原へ向かいます。こっからだいぶ長いですよ。
↓物語開始↓

【謙一】
はぁ……はぁ……
Kenichi
こ、の、森……!
ホント深いし、暗いし、怖いな……!!
Kenichi
いや普通夜更けの森はどこでも深いし暗いし怖い筈だがな……!
なのに謙一は夜更けの優海の森を登山していた。

【謙一】
動物の気配はするが、寂しいもんは寂しいねぇ……!
Kenichi
ある意味動物より怖い連中とこの前は登ったわけだが、それでも幾分マシだったということか。
今頼れるのは、この等間隔で打ち付けられている杭たちのみ。
Kenichi
この半透明以下の道を外れれば、俺は亜弥のところに帰れないと思った方がいい……!
亜弥が寂しがっちゃ嫌だから、光雨は家に置いていったけど、ちょっと後悔気味だな……!!

【謙一】
ははっ……面白いじゃねーか
Kenichi
無理矢理にでも笑う――つもりだったが、案外自然と笑いが出た。
ガチ危険な世界なのに、それに対して……まだマシだな、とか思ってる俺も確かに居るからか。
Kenichi
実際、人生の危機だったら、この3ヶ月頻繁に感じてたからな!!

【謙一】
進学すると、ほんと、見る世界変わるねぇ……!
Kenichi
今の俺を、親父とお袋が見たら何を思うだろうか。
成長したな、見違えた、よく頑張った――なんてコメントは、有り得ないな。どうせ「バカじゃねーの」の一言で笑い飛ばすだけだ。
Kenichi
……あの人達、普通に音信不通だけど、ちゃんと上手くやってんだろうな……?

【謙一】
今の俺には、今の俺がやるべきことだけを、見る義務がある
Kenichi
歩け。いっそ走れ。止まるな。
Kenichi
仮令暗闇だとしても、それは全部、切り拓いていけばいい。
それだって、この3ヶ月ずっとやってきたことだ――!

【謙一】
ッ……
軈て謙一は、開けた場所に辿り着く。
Stage: 冨士美草原
以前来た時と同様の、草原。
だが、独りで挑戦した為に、可成り時間が掛かってしまった。
夜明けは、すぐに来た。

【???】
「謙一――?」

【謙一】
え――
Kenichi
って、しまった……!?

【謙一】
あぁああああああまた瞬間見逃したあぁぁぁぁぁ……

【美甘】
ってウチも見逃したじゃあぁあぁぁぁぁん……
美しく輝く神秘の冨士の覚醒を、また謙一は見逃した。
それでも充分に美しい世界ではある。落ち込みもすぐ消し飛ばし、人の心を呑み込む光。
その力は、夏であっても健在であった。

【???】
――凄い――

【謙一】
ん――?
盲目一途な心さえも、容易く照らし尽くし、全ての視界を支配する。
視覚も思考も、輝きの冨士に全て染まる。
だから、この日の3人目の訪問者はついつい声を漏らして、2人に簡単に気付かれた。

【謙一】
徳…川……――?

【秋都】
ぇ――って!?
Akitsu
しまっっっっっったあぁああああああバレちゃったあぁぁあああ……!!?
というか抑もどうしてこんな処まで附いてきちゃったの私いぃいいいいいつも通りだけどぉぉぉぉ……!!

【美甘】
け、謙一なら、まだ分かるけどどうして徳川さんが……!? この場所を知る人は、だって……

【秋都】
けけ謙一く、じゃなくて、井澤くんの姿が見えたから附いてきちゃいましただけですいません――!!

【謙一】
つまり俺は尾行されてたのか……? 全然気配しなかったんだが……
Kenichi
うっわぁあ、先が思いやられる……。

【秋都】
その、ホント、ごめんなさい……内緒の、場所だったの、かな……

【謙一】
……………………
謙一、美甘を見る。

【美甘】
え、えっと……別に、そういうわけじゃ……いや、してたようなものだけど、徳川さん知らなかったわけだし、全然悪くなくて……

【美甘】
でも、できれば……他の人には、内緒にしてくれると、嬉しいかな……

【秋都】
う、うん……ごめんなさい……

【謙一】
ていうか、美甘来てたんだな今日。もしかして、5月に俺らと来た後も何度か?

【美甘】
まぁ、何度かね……あの時だってウチも久々に来たのもあって、ちょっと記憶と違う箇所が色々……。だから、道を見直したり、杭とかログハウスとか修繕したり……今日もそんな感じ

【美甘】
……謙一、もしかしなくても、独りで来たの?

【謙一】
徳川が後ろに居たっぽいけど、まぁそんな感じ……結構時間取られたな……

【美甘】
2回目でいきなり独りってバカなんじゃないか……? それに、頭痛の件もあるし、安静にしとけよ……

【謙一】
なんか心配させて、ほんとすまん
Kenichi
あの頭痛と記憶消失については、その時滅茶苦茶辛いってだけで、特に後遺しないんだよな。まるで何も無かったかのように動ける。
Kenichi
……それでも、やっぱり周りからしたら心配になるのか。今のところ亜弥の居る前で発症してないのが幸いだ。

【秋都】
頭痛……って、もしかして――?

【謙一】
徳川? ってああ、そうか徳川は知ってるもんな……

【美甘】
え、あの症状知ってるの? どうして……?

【謙一】
まあ、附き合い長いっぽいし

【美甘】
そういえば、2人って此処来る前も同じ学校だったのか……ん? 何でそんな曖昧な云い方?

【謙一】
俺、ちょっとC等学級の時代の記憶、半分以上飛んでてな。これは多分ただ昔ってだけで忘れてるだけ

【美甘】
……………………
Kenichi
信じてくれてない美甘さん。
いや、忘れるって普通のことだろ……。
Kenichi
俺にとっては要らない情報。余計な容量だったというだけだろう。
だから、俺は昔をそんなに気にしていない。余裕が無かったとも云える。

【秋都】
……………………

【謙一】
しっかし、美甘の整備した道標があるとはいえ、まだノーミスで此処に辿り着くのは難しそうだな……果たして当日に間に合うか

【謙一】
あ、美甘、俺ちょっとこの場所、紹介したい人がいるんだ。徳川とはまた別なんだが

【美甘】
え……? う、うん……別にウチに許可取らなくてもいいけど……友達?

【謙一】
家族

【美甘】
――!

【秋都】
……家族――?

【謙一】
今度の土曜日ってさ、優海町で夏祭りやるんだろ? 奏から誘われたんだけど

【謙一】
俺、その日の深夜使って、その子と此処に来ようと思うんだ。あんまり他人に教えるべきではないのは分かってるんだが……

【美甘】
……その家族は……

【美甘】
謙一にとって、大切な人、なのか……?

【謙一】
今の俺にとって全てだ

【秋都】
――全て――
Akitsu
それは……私の……
私でも、見たことが一度もなかった、彼の領域。
Akitsu
私ではない、誰かが、彼を支配する。
Akitsu
彼の世界から、私を消し去るほどの、存在……なのだろうか。
Akitsu
……正直、すごい、気になる……。

【美甘】
……謙一……
Mikan
まだ、3ヶ月。
Mikan
ウチは全然、謙一のことを知らないのだろう。実際放課後――プライベートな謙一を、ウチは全然知らないし、多分クラスメイトの誰もがそうなんだろう。
Mikan
それは、謙一がウチらに対し隠してきたということで――
Mikan
それを今、ハッキリと云った……
Mikan
重かった。

【美甘】
全て、なんだ……?

【謙一】
心情的にはそう云う方が自然かな

【謙一】
俺は元々その子の為に、真理学園に来たんだし

【秋都】
……井澤くん、それ以上を……

【秋都】
この場で、私たちの前で、口にして、いいの……?

【謙一】
……何か気を遣ってもらってるな。悪い。だけど、今そんなところで臆病になっててもな

【謙一】
それに、俺は2人を信用してる

【美甘&秋都】
「「…………」」
Kenichi
徳川……は、よく分からないが、美甘が困惑している気がする。まぁ、そりゃそうだけど……これは2人にとって全然関係の無いことなんだから。
Kenichi
兎も角、山に入ったのが23時前後で、此処に辿り着いたのが大体4時。もっとこのタイムを縮めなければならない……。
Kenichi
それから、山に入る前の段階も精密にシミュレートしておかないと。
いつも通り、時間が無いのにやること心配なことは盛りだくさん。肉体的な疲労もパないし、これ頭痛関係なしにまた倒れるんじゃなかろうか俺。
Kenichi
まぁ、それならそれでもいい。終わった後ならば。
今は、やりきれなかった、なんてくだらないことで後悔しないように、やり尽くすことを……。

【美甘】
……勝手に、信用されてもな

【謙一】
ん?

【美甘】
この森……というか最早山だけど、山登りを甘く見すぎなんじゃないかな。まだ2回しか登ってない素人

【謙一】
山登りで云えば、お前も4月末に落下してたような――

【美甘】
兎に角!!
赤面しつつ脱線を即座に戻す美甘。
何かを、真剣に云おうとしているのは謙一も察し、口を閉ざす。

【美甘】
……謙一には、色々助けられてるって、思うから……

【美甘】
その……ウチも、信用される分の、ことはやってやるよ

【謙一】
既にめっちゃ助けられてるから信用してるんだが……えっと、美甘? つまりどういうこと?

【美甘】
謙一と、その家族の人がよければ、だけど……ウチが当日、ナビゲートしてやる。それなら確実安全だろ

【謙一】
え――

【美甘】
も、勿論! 不都合というか迷惑だったら、全然断ってくれていいから……うぅ……

【秋都】
……堀田さん……
Kenichi
――美甘が、当日、亜弥と会う。
当然それを、考えるまでもなく美甘は認めるだろうが、その重大さは俺にしか考えられない。
Kenichi
正直、この協力は物凄く有難い。
美甘はこの冨士美草原までの道のりに詳しい。俺たち2人で行くよりも、遙かに安全になる。
Kenichi
だから、考えるべきは、矢張りその点。
亜弥が、数年ぶりに俺以外の他者と会う――
Kenichi
それは――

【謙一】
…………ああ

【謙一】
やってくれるなら、是非頼みたい
Kenichi
世界を知る、ということでもあるんだろう。
謙一は頭を下げた。

【美甘】
や、やめてってばそんな……別にそんな、大したことじゃ……

【謙一】
いや、何て云うか……実は相当なことなんだってことは、後で分かるかもしれない……

【美甘】
…………???

【秋都】
…………

【謙一】
ホント……良い奴だな、美甘は

【美甘】
ッ……そういうこと、いちいち云うなし……

【美甘】
仲間、なんだから、当然ってだけだし……!
Kenichi
……当日の心配事が減ったような、増えたような。
だけど、進んでいるという気はする。
Kenichi
暗闇。
ぶち当たる、決定的な壁は。
確実に目前にまで、迫ってきている――