「特変」結成編4-5「頭痛(1)」
あらすじ
「少なくとも明日から夏休みだ、ゆっくりできる。俺もゆっくりする」☆「「特変」結成編」4章5節その1。ようやっとこの物語、1学期終わります。あと8学期分はあると思うと真っ先に作者が吐血。
↓物語開始↓
Stage: NYホール 大講堂

【キャロ】
Jacobが目を上げれば、Esauの4百人の者を引き連れて来るのが見えた。Jacobは子どもたちをそれぞれ、RheaとRachelと2人の側女とに分け、側女とその子どもたちを前に、Rheaとその子どもたちをその後に、RachelとJosephを最後に置いた。

【キャロ】
Jacobはそれから、先頭に進み出て、兄のもとに着くまでに7度地にひれ伏した。

【キャロ】
Esauは走って来てJacobを迎え、抱きしめ、首を抱えて口づけし、共に泣いた。

【キャロ】
――人が見れば、それは単なる兄弟喧嘩だったのかもしれません。くだらなかったものだと。和解に何十年かけてるんだと

【キャロ】
しかし、物事を修復するということは実際、それだけ苦労することなのでしょう。替えが効くならよいのですが、刈ってしまった特定の花を補うことは、厳密には不可能です。命に、替えはありません。それでも替えとなるものを探し、過去を払拭しようという時、それは永劫終わらないやもしれない、十字架の道であることだって

【キャロ】
それでも――道は在る、ということです。この1学期は様々なことがあっただろうと思います。そして、皆さんそれぞれが何かを思ったことでしょう。今、私が天の心の下に云える確実なことは、ただ一つ

【キャロ】
君の道には、光が在る。――祈祷の間に
真理学園、29年度の7月25日。
例年と一線を画す、学園史に残る怒濤の日々に、一旦区切りが付けられる……終業の礼拝が、朝に行われていた。
全学園生が集い、静けさと緊張の中、目を閉じる。
どうしてこの日、シスターキャロがその言葉を選んだのか、分かるとすれば特変の渦に巻き込まれた者たちのみ。
その日々も、先日釘が打たれ、そして今日区切りが完全に付けられる。

【キャロ】
――確かに
1ヶ月の休息が挟まれて、2学期となった真理学園では、一体何が変わり、変わっていないのか、それは権力者たちも分からない。
――それを今案じることも、必要で無い。

【謙一】
……何も、ありませんか

【翠】
ええ、多分ね~
Kenichi
1学期最後の礼拝、美玲さんたちと出たかった思いもあるが……
同じタイミングで学園長室に呼ばれてしまったので、まぁ選択の余地はない。
Kenichi
NYホールの中継映像を見ながら、シスターの話を聞きながら、俺も静かに考えていた。
その間翠ちゃんが何の茶々も入れなかったのが、ちょっとだけ意外である。

【謙一】
特変破りも不定期ながら封印状態……俺の感覚では、9月になったらまた解放するのかなって思ってたんですけど、そこらも決めてなかったんですか

【翠】
その件について最も強い言葉を吐けるのは、貴方以外にないでしょ~

【謙一】
……云い出しっぺの俺が最後まで決めろと
Kenichi
まぁ、そのつもりではいたけど……。

【翠】
だけど少なくとも、献上制度も一時停止される夏期休業期間に、一度速度を停止した特変破りを煽るのは非効率。修学旅行で一先ずは息抜きの仕方も覚えたっぽい1年生の為にも、夏休みは有意義に過ごさせなきゃねー

【謙一】
ちゃんと一般学生たちのことも考えてたんですね……
Kenichi
でもそれは矢張り、特変破りに対する効率が第一になっており……。
俺たちはどう足掻いても彼らの敵だという構造が、この先変わることもないのだろう。
その点については、もう諦めかけている。俺もアイツらのことは決して好きじゃないわけだし、仲良くしたからといって、それが俺の求めていた光景かと云えば……分からない。
Kenichi
分からないなら、匙を投げるのだって処世術。
夏休みを暗くしたくはないからな。

【翠】
……学園生、全員名前覚えられた~?

【謙一】
え?
Kenichi
……何で、そのことをこの人が?
と疑問に思うだけ無駄だと割り切るのも3ヶ月で身についた処世術である。

【謙一】
全然。顔と名前だけ結びつけて暗記しても意味無いですから、朧荼とか頼りながらそいつの情報ゲットしてまとめる作業ですね。1クラス分にも達してないです

【翠】
ローペースね~

【謙一】
早いに越したことはないですけど、それで粗い覚え方をするのも失礼かと
Kenichi
粗いということは、例えば本来円球な物に、切れ味が帯びるということだ。
そのような把握は、いつか、誰かを傷付ける。無意味な殺傷の一つである。

【謙一】
まぁ、夏休みにも地道に覚えていこうと思います。取りあえず3月を目処にしてますけど

【翠】
いいんじゃない? そういうユニークな試み、翠ちゃんは大好きよ~

【謙一】
……あの、云っても無駄なんだろうなってのは分かってますけど、貴方の呼称を巡って前々から譜已ちゃんと気まずい事になってるんですけど、マジでどうにかなりません?

【翠】
え? 何で~翠ちゃんって可愛いし仲良しみたいじゃない~☆ 本来の意図とは別に、他人から咎められるようなことでもないわよ~

【翠】
それに……

【謙一】
それに?

【翠】
毎夜その件で静かに怒ってるっぽい譜已ちゃんにさり気なく説教されてる私に比べたら、ねぇ……?
Kenichi
自業自得の筈なのに、そんなこと云われたらもう俺は何も云えないな……。

【翠】
それで、謙一くんは夏休み何するの~?

【謙一】
家ですね

【翠】
……………………
Kenichi
奏と全く同じ反応をされた。

【翠】
真理学園には来ないの~? 思いっ切り人口密度減った1ヶ月間もしっかり出勤してる翠ちゃん絶対さみしがってるわよ~

【謙一】
寮制度のお陰で人口自体はそこまで減らないと思いますけど、そいつらってどんな夏休み過ごしてるんです例年?(←微妙に話題逸らし)

【翠】
生活自体は、終日放課後状態ってこと以外変わらないわね~。部活やら委員会やら、一日中やってる人も居るし、ダラダラ遊んでばっかりな人も居るわ~

【謙一】
間違いなく沙綾は後者だろうなぁ――
Kenichi
……………………。
Kenichi
いや、忘れよう。アレはきっと暑さで見た幻覚か何かだったんだ。

【謙一】
でもまぁ、それなら、俺は寧ろ学園には来ない方がいいですね

【翠】
ぶ~~~~……! 権力者なんだからもっと贅沢に遊びなさいよ~ぅ! 翠ちゃんに会いに来てくれないなら、譜已ちゃんともっとデートでもしてきなさいよ~!! 月光ちゃんと菊子ちゃんでもいいわ~!!

【謙一】
投げやり気味に年頃の娘まで投げてくんな。あと後ろの2人誰……?

【啓史】
へーい失礼しゃーす
Kenichi
話題が尽きてきた頃、補佐殿が夏バテっぽいオーラ放出しながら入室してきた。
手には何故かアコースティックギターを持ってる。

【謙一】
え……何してたんすか……

【啓史】
久々に時間が空いてたんでね、ちょっくら弾いてたんだわ。しかし、この季節この時間曇りないタイミングですることじゃなかったなぁ、汗止まらんよ

【謙一】
真夏の快晴どきに外でやってたんですか……水分ちゃんと摂ってくださいよ

【翠】
啓史さんですら夏を謳歌してるのに、この若者といったら~! 啓史さんも何か云ってやって~!!

【啓史】
藤間が目を覚ましたよ

【謙一】
病院行ってきます!!
謙一、走って学園長室退室。

【翠】
そういうことじゃないのに~!! 啓史さんのバカ~減給~~!!

【啓史】
何か云えって云ったから云っただけなのにこの理不尽
……。
…………。
……………………。
Stage: 優海総合病院

【謙一】
案の定怒られたなぁ……
Kenichi
そりゃ全力疾走で突入したら患者さんビックリするもんなぁ。
Kenichi
だが、その勢いの甲斐あって、徒歩20分ぐらいはかかるところを10分程度で辿り着いた。
Kenichi
癒やしの地域として発展してきた優海町の、最大規模の総合病院。
といっても都会に比べたら建物も小さめと云わなきゃいけないが、南湘エリアの町人口を考えたら妥当といえる大きさなのだろう。
Kenichi
それで、藤間の病室は――あった、此処か。

【謙一】
取りあえずノック――
しようとしたところで扉が開いた。

【柚子癒】
げ

【謙一】
その条件反射の声傷付くんだが

【柚子癒】
フンッ……井澤くんが特変なのがいけないんだわ。それじゃあね
Kenichi
九条は足早に去って行った。
Kenichi
……アイツがこの病室を訪れていた理由は……俺の考える必要のないものだろう。
Kenichi
俺は、俺自身が来た目的を、達成すればいい。

【謙一】
入れ替わりに邪魔する

【昴】
……!
Kenichi
ノックすらせず入室する形になって、俺も心の準備とか微妙にできてない……が。
藤間が、起きていた。
その光景をやっと見ることができて……ホッとした。思わず本当にホッと息を吐いたぐらいだ。

【温】
井澤先輩……

【謙一】
気分は?

【昴】
……正直、混乱してる最中、です。なにぶん、起きたばかりで……
Kenichi
無理もない。
起きたら3週間経ってた、なんて普通は経験しないからな。

【昴】
……温から、話は聞きました

【昴】
また……迷惑をかけてしまって……

【謙一】
お前は何も悪くないよ。寧ろ、俺の方が申し訳なくてな

【謙一】
お前達は、ただただ巻き込まれただけの、被害者なんだよ。本当、悪かったな

【昴】
いえ、沼谷先輩が云っていた通りです……俺が、自力で困難を乗り越えられなかったのは、俺自身の受け止めることだって

【謙一】
沼谷……? アイツ、来てたのか?

【温】
結構な頻度で、お見舞いに来てましたよ……。今日もです。もう帰っちゃいましたけど

【温】
というか沼谷先輩も、まだ怪我治ってない筈なのに……色々庇ってくれて、感謝ばっかです

【謙一】
……庇って……?

【温】
あ……そういえば、まだその辺りを、井澤先輩には云ってなかったですけど

【温】
私を、冨士美町まで逃がしてくれたの、沼谷先輩だったんです
Kenichi
ガチ初耳だった。
Kenichi
あんの野郎……っ。

【謙一】
もう二度と会いたくない気持ちはあったが、一度話さなきゃいけないっぽいなアイツとは……兎も角、起きてくれてよかったよ

【昴】
……俺は、いまいちまだ自分や温に何が起きたのかとか、井澤先輩、それに真理学園にこの3週間どんなことがあったのかとか、把握しきれてないんですけど……

【昴】
落ち着いたん、ですかね

【謙一】
ああ。心配すんな、落ち着いた。少なくとも明日から夏休みだ、ゆっくりできる。俺もゆっくりする

【謙一】
……真理学園、マジヤベえな

【昴】
ははは……ですね
Kenichi
十分程度の談笑。
Kenichi
そこで一つの大きな心配事が霧消し、ようやく俺は晴れ晴れとした気持ちで、夏休みを迎えられそうだった。
――ピリッ。
Kenichi
それは、良かったんだが……ほら……
油断というか、忘れかけてたタイミングで、いつも、コレだ――