「特変」結成編1-3「初授業(1)」
あらすじ
「でも……存在するのよ? 特変という権力は、現実として存在することを、教室で確かめなさいな」スタジオメッセイのメイン作品『Δ』、「「特変」結成編」1章3節その1。奇襲してきた同級生たちを撃ち抜いたり炎上させたりで返り討ちにした特変。その翌日、専任シスターキャロの執り行う朝の礼拝の壇上に、学園長が現れて……?
↓物語開始↓
真理学園の一日は、この時間から始まる。
Stage: 真理学園 NYホール

【キャロ】
――皆さんは、しっかり歯を磨いていますか?
8時30分が、登校時間。
正確に云えば、通常登校タイムアップ時間。それ以降は遅刻扱いである。

【キャロ】
歯を磨くことは、とても大事なんですよ。何といっても、歯周病対策の核です
その後担任は急いでホームルームを仕切る。
目標は、5分。
つまり8時35分を目標に、ホームルームを終わらせて此処に向かうのである。

【キャロ】
よく聞きますよね、歯周病。その割には、結構脅威は理解されていません

【キャロ】
言葉の響きからして、伝わるインパクトが小さいのかもしれません、歯周病
C等部はC学棟から。
B等部とA等部は一般棟から。
多くの職員は職員棟から。
皆、8時45分に今を迎えられるよう、NYホールへと集まる。
毎日、4000人以上がこのホールに集い、その時間に身を預ける。

【キャロ】
しかし、とっても怖い病気です。心臓にだって脅威を届ける存在です、歯周病
歌い。
唱え。
聴講し。
祈る。
だいたい10分にも満たないその時間は「朝の礼拝」と呼ばれていた。

【キャロ】
ですから、歯はしっかり磨いてくださいねー? 本当に、怖いんですからねー、歯周病
因みに学生の大半はメインホールに固定設置されたチェアに身体と意識を委ねていた。
これも紛れない日常の姿であった。

【情】
ごがーZzz

【謙一】
せめて静かに眠ってほしいもんだ……

【キャロ】
……………………
Kenichi
うっわ主任超コッチ見てる……! どうにかしろ、って顔してる!
Kenichi
無理だって、寝不足のコイツ起こしたら永眠させられるって――!
涙目のままM教主任・愛称キャロさんがを続ける。

【キャロ】
でも、磨きすぎても、良くないんですよ。皆さん、歯ブラシにどれだけ力を込めてますか?

【キャロ】
ゴシゴシゴシ……って、オノマトペが耳で聞こえてきたら、それはもうオーバーランしてます

【キャロ】
いえ、この場合は、オーバーゴシゴシ……? オーバーシャカシャカでもいいですね♪
この瞬間に2割の聴講者が睡魔に負けた。

【キャロ】
オーバーシャカシャカは、歯に加えて、歯茎まで削ってしまうんです。インプラントを考えたら寧ろ歯茎が問題です

【キャロ】
歯は、日常を形成する一次的存在です。ですからしっかり護っていかなければなりませんね

【キャロ】
ところで、強く磨こうとする心理は一体どこから来るのでしょうか……?

【キャロ】
それは、健康という面で、歯に注意を向けているというところからではないかと、私は思ったりするのです

【キャロ】
しかしながら、先も示しましたように、オーバーシャカシャカは寧ろ逆効果となってしまいます

【キャロ】
歯に注意を払うという意味が、ここで分離を起こしているのです
この瞬間にもう2割の聴講者が目を開くのを諦めた。

【キャロ】
何事にも程度があるということでしょう。そしてそれは、中途半端であることを意味しません

【キャロ】
適当という表現にも二面あるように、全く違うにも関わらず、隣り合うように――

【奏】
ダメだ――

【凪】
無理――
3割もってかれた。

【キャロ】
――教育においても、ある意味その通りなのかもしれません

【キャロ】
真理学園は、各々が真理を発見することのできるよう、その力を養うであることが理想とされてきました

【キャロ】
今年度から、その……とても冒険的な制度が導入されましたが、きっとそこは変わらないのだと信じて

【キャロ】
私自身も、見詰め続けましょう。適当な結果へと着せるように

【キャロ】
……少し早いですが、これで本日の私の話を終わりますね。歯はちゃんと磨いてくださいね

【キャロ】
では――祈祷の間に
生き残った2割強の者たちが、静かに目を閉じ、各々の暗闇に、言葉を落とす。
異質とすら思える静寂。呼吸の音すら潜み、空間は飽和し圧迫される。
その中で――唯一、女の言葉が響く。

【キャロ】
天に座す、我らがお父様。貴方様の涙が、朝の光に照らされた空に満ち輝くようです

【キャロ】
滲むように、ぼやけ、曖昧だと認識する外なき世界であることは、日々のたった一つの動作からも感じられるものです

【キャロ】
その一方で、日々に飽き足らぬ感情が続くこと、喜怒哀楽の我が心が、明瞭たる真実の存在を察するものです

【キャロ】
二面的。多面的な日常が、この日も真理学園の友を包みます。その時――

【キャロ】
最適な解を求め探る意思を友が持つならば、どうかその意思を、友の行く末を見守りくださいませ

【キャロ】
日常の質が大きく変わりつつある真理学園の行く末を、同等に、見守りくださいますよう――

【キャロ】
拙き言葉、願いを、それでも届けましょう。MESSIAHの名によって、これら総てを貴方様への祈りの言葉と変えさせていただきます

【キャロ】
――確かに

【謙一】
……………………
Kenichi
緊張感とは、違う。
Kenichi
凄まじい圧力の一方で、その圧迫に苦しむわけでもない。
Kenichi
何千人もの人々の、声が、聞こえた。
Kenichi
その内容は、もう忘れた。だが、確かに充満していた。言葉が。想いが。
Kenichi
……真理学園は、M教主義学校。
世界最大勢力といえる宗派――MESSIAH教の教育を考慮した学校。
Kenichi
救いを謳い、求める世界。
Kenichi
皆、何を求めているのだろうか。何から救われようとしているのか。
意思を、持つのだろうか。このホールに集う人たちの何割が、解を意識しているのだろうか。
超グダグダな歯ブラシの話を最後まで聴いていた人たちは、この学校で何をしたいのだろうか。
Kenichi
……そして、俺は。
Kenichi
俺たちは、どうしろというのか。

【キャロ】
では、お話を控えている学園長と交代しまーす。ハイターッチ♪

【翠】
いえ~い♪
Kenichi
あの人はどうしたいのか……!
人間寝てても話が終わると気付くものである。
礼拝の時間が終わった途端、睡魔の海に沈められた者たちが帰還してくる。

【奏】
ふわ~……ダメだった……今日も負けた~

【凪】
……翠さんが立ってるわ

【奏】
あれ、ホントだ。何かイベント?

【譜已】
き、聞いてないよ? いつも通り、私何も知らされてない……

【謙一】
……イヤな予感がするんだよなー……
Kenichi
俺たちの意思は、あの人にどこまで支配されているんだろうか。
自由を大事にする、だから俺にはお金を支払う、と……
そう俺に直接話したあの人だって、あの人自身の自由を大事にしている筈だ。
Kenichi
だったらあの人は、きっと……俺の直感通りなら――
Kenichi
どこまでも、意思のままに動くのだろう。

【翠】
は~い、先月歯科検診に行ってみたら、健康すぎて褒められた学園長で~す♪

【翠】
譜已ちゃん、いつもありがとね~! ぶちゅ~(←投げキッス)

【譜已】
……………………(←赤面)

【謙一】
一瞬で娘の心抉ったぞオイ! お母さんモード仕舞えよ!?

【奏】
いやでも、いつも通りですし

【謙一】
マジか
Kenichi
……確かに皆、反応が薄い。俺とか「歯磨き娘に手伝わせてんのかよ!」とか叫びそうになったのに。
つまり学園長が立った時、譜已ちゃんは可成りの頻度でこういう目に遭ってるってことか……
Kenichi
でも、それはつまり譜已ちゃんへの嫌がらせは前菜みたいなものだということ。
何か、俺たち全員に伝達すべき情報があるってことだろう。

【翠】
本当ならこのまま1時限目まで昨晩の譜已ちゃんについて熱弁したかったのだけど――

【翠】
啓史さんに怒られちゃうから、ちゃんとお話するわね

【翠】
皆がキャロちゃんのお話でおねんねしてる間に、教室にこの紙を配っておいたの~

【謙一】
ん……?
翠は壇上から、左手に持った紙を高くあげた。
思いっきり中折れて内容は全く見えないが、それもどうでもよいことである。
後で教室で読めばよいことでなく、その内容の解釈を学園側が指摘するのである。

【翠】
皆の中には、もしかしたらまだ、特変という存在は夢のように思ってる子もいるかもしれないわね~

【翠】
でも……存在するのよ?

【翠】
特変という権力は、現実として存在することを、教室で確かめなさいな

【謙一】
……ああ……そういうことか

【奏】
先輩? 何か分かったんすか?

【謙一】
昨日のことを報告してるんだよ

【奏】
ああ……なるほど。流石翠さん、躊躇無くエグいことを

【翠】
昨日特変を潰そうとしてくれた1年同盟の皆、私からは敢えてお礼を云っておくわね~。ありがとう~

【翠】
特変破りに則ってくれなかったのが、好転して良いことになったわ~

【翠】
さあ……もっと、皆特変破りに勤しんでね~? 奪われっぱなしはイヤでしょ~

【奏】
……うわ~……

【謙一】
ホントに教育者なのかなーって娘の前で疑問を声に出してみる

【譜已】
ごめんなさい……ごめんなさい……皆ごめんなさい……
目を閉じていても何千もの怨嗟が9人に向けられているのが分かる。
事態を理解していないのは、関与していない子どもたちと、未だ爆睡してる特変面子だけだった。

【情】
ごがあぁああああああ

【志穂】
ぶおぉおおおおおお

【美甘】
(うるせえ……鼾半端なくうるせえ……)

【乃乃】
謙一さん、どうやら私、学園長的にもお手柄なことやったみたいです

【謙一】
昨日と入学式以外で事件とか特に無かったからなぁ……

【謙一】
学園長は、もっと特変がアクションを起こすのを期待してるっぽいな

【沙綾】
アクションって?

【謙一】
具体的なところは分からん。でも、俺たちが制度通りに目立っていくには、やっぱり格差が目立つ必要がある

【謙一】
だから俺たちが何か権力を使ったり、外クラスを返り討ちにするようなイベントには価値があるってことなんだろう
Kenichi
俺にとってはマイナスな意義ばっかだけどな!

【沙綾】
昨日は二邑牙ちゃん一人で圧勝しちゃったり、法を改造したり、つまりどっちのイベントもやっちゃったわけね

【沙綾】
あららー怖いわねー。これからどうなっちゃうのかしらー

【謙一】
あらー何て他人事なのかしらこの人ー

【乃乃】
沙綾さんは兎も角、渦中オブ渦中な謙一さんが他人事なのはあり得ないかと

【謙一】
云うんじゃねえ畜生め
そしてここから……
学園長の思惑通りの礼拝後に、校内の雰囲気は変化することを謙一らも知ることとなる。