「特変」結成編3-3「智戴(1)」
あらすじ
「兎も角、俺は今ここでお前にこの特変破り申請に合意してもらいたいんだ」☆「「特変」結成編」3章3節その1。とある朝、セントラルホールで不穏爆発します。新たな敵と新たな危機に謙一くん失望ブチ切れの回。
↓物語開始↓
Stage: セントラルホール 2C
Kenichi
この世の処刑方法に、磔刑というものがある。
別に処刑に詳しい必要なんてないのだが、この学園においてソレはよく知っているものでなければならない。
何故なら、磔刑と聞いてまず第一に思い浮かぶのが、M教において救い主が愚者たちによって処された方法だということだからだ。
MESSIAHは、人類全ての罪を肩代わりする象徴で、甘んじて貼り付けられて、その最も尊い筈の生命を散らした。新規組の俺はそこまでM教を勉学してきたわけじゃないのでその程度の知識だが……それを知ってまず思ったのが、惨い、だった。
Kenichi
特に重い罪を言い渡された者が罰として貼り付けられただけのことはある。手首を杭で打たれ、宙に貼られた死刑囚は、ジワジワと血を失い死を近付ける。そして重力が掛かり、負荷に両腕が耐えられなくなって、脱臼を起こす。すると胸にまで強い負荷がかかって横隔膜が順調に機能できなくなり……呼吸困難に陥り、酸素が欠乏した全身の筋肉・心筋は一気に疲弊していく。
Kenichi
絶命に至るまでのその者は、不可避の苦痛に悶え続ける。その様を、地上から沢山の人が見守るのである。
人をとことんまで苦しめ殺し、無様な最期をより多くの人へ晒す。こんなこと考えついた奴の精神が計り知れない。
Kenichi
……………………。
Kenichi
俺は、今、そんな地獄の罰を、この目で見ていた。
Kenichi
文脈が無かったかといえば、そういうわけではない。
警鐘を鳴らしている自分も、何処かにあっただろう。いつになるかは分からなくても、いつか俺たちを狼狽させるような戦いの時は来る、それは覚悟していた。
Kenichi
だが――それは、あまりにも早く、訪れていたのだ。

【謙一】
藤、間――?
セントラルホール、その中央には柱などは存在しない。その場所から対面方向へと視線をやれば、必ずサークルロードが目に入る。その間を遮断する障害物は、何もない。
だがこの日、週明け1発目のモーニングコールの為に賑わう真理学園生は、全員セントラルホールでその遮断物を目にしていた。
それは柱だった。
そしてサークルロードを回れば、その一カ所に、誰かが居ることが分かる。セントラルホールの階層でいえば、3サークル。その高さに、貼り付けられた、裸の男子。
両手両足首には大きな釘が貫いており、身包み剥がされ晒された肌は少しずつ流れ出ていた血液によって赤黒く染まっていた。
筋肉が、小さく痙攣を起こしている。それはあまりに異様。普段まず見ることのない、気味の悪さを見る者全員に印象づける。そして、理解することだろう。
藤間昴という男子の真死は、もう間近なのだと。

【謙一】
ッ――!!
Kenichi
もう間違いなく意識も混濁して、身体も持たねえ……ッ!!
彼は今まで、モーニングコールには特Bと一緒に頭を隠して参加していた。
だが、そんなことを気にしていられる余裕は当然なかった。整列を乱し走り、最下層に飛び降りて、柱の元へ。

【男子】
お、おい……あれって、井澤謙一じゃ――!

【女子】
まさか、礼拝に出てたの……!?

【謙一】
これを人力、しかも独りで横にするのは無理だ――
Kenichi
アイツらに応援を頼むにしても、時間がかかる。
……となれば――

【謙一】
“物匣”!!
謙一は“物匣”を開き、腕を突っ込む。
そして、そこから取り出したのは……手のひらから少しはみ出す程度の大きさの、鉄色の瓶。
謙一は柱から走り距離を置きながら――

【謙一】
全員、しゃがんで地に這い付け!! 爆破する!!
そう全力で叫び、ソレを投げた。

【目羅】
ッ――アレは……
Mera
まさか――手榴弾!?

【柚子癒】
な、なにいきな――

【目羅】
全員伏せろーーー!!!!
爆風が、セントラルホールを揺らし、反射的に身を倒した学生たちは目も開けられず悲鳴をあげる。

【謙一】
よし――柱が倒れる……!!
盤石を破壊された柱は、倒れて……

【柚子癒】
ぎゃーーーー!!?
その先端が、第2サークルの一部にぶつかり埋もれ……静止する。
そこにいた特B面子は軽くピンチであったが、謙一はそんなことも今考えている暇がなかった。

【謙一】
藤間あぁああああああ!!
爆破、そして傾倒の衝撃で彼方此方に罅が入り、釘は勝手に抜けて藤間昴は最下層に力無く落下した。
すぐに駆けつけた謙一は、学生の名を呼ぶ。

【謙一】
九条!! 来てくれ!!
真理学園の特殊な技能訓練を受けている特殊委員会――その中で最も専門的な知識を使う医療班の首席、九条柚子癒の名を。
だが――

【柚子癒】
……………………
彼女は、逼迫そのものである謙一の声に、応えなかった。

【謙一】
九条……? おい、九条!? 聞こえてるだろ!! お前、応急措置のプロなんだよな!? 来てくれ、お前の力が必要なんだ!!
……………………。

【謙一】
おい――巫山戯てんじゃねえぞ――
怒気に包まれた謙一は、しかし冷静な思考を展開していた。
それが、この場の誰かに助けを借りることに見切りをつけて、次の策をワックスと共に取り出す。
耳に取り付け、即座に一言、道を創り出す詠唱を呟く。

【謙一】
クラスイン――
Kenichi
確か、アイツはこの時間帯いつもネットサーフィンしてるって云ってたよな――!!
もしものことは考えていなかった。考えるまでもないのである。
彼女は必ず、その意味を読み取ると分かっていたから。

【沙綾】
――リーダー、どうしたの? いきなりクラスインしてきて、何かあった?

【謙一】
医療班の顧問をセントラルホールに寄越すよう職員室に云ってくれ。特変の権限使え。藤間があと少しで真死ぬ

【沙綾】
……面白いことになってるわね。りょーかーい美千村先生ねー
Kenichi
俺のできる限りの応急措置をしながら、沙綾たちに簡潔に伝えきる。
さあ、これでやれることは、やったが――

【謙一】
気張れよ、藤間、あと少しだ――

【noname】
【???】「残念だが、医療班の顧問は来ない」
声の方向に、ゆっくりと謙一は振り返る。

【修験道】
無線を持っているとは驚いた。いや、そもそも手榴弾なんてものを常備していることもな

【謙一】
…………
Kenichi
今、可成り気を張ってるから、誰か近付いてきたならすぐ気付くと思ったが……
Kenichi
全然気付かなかった。恐らくこの男もそのつもりで歩いてきたのだろう。
つまり、直感的に評価するなら。
Kenichi
コイツは相当の強者だということだ。

【謙一】
……顧問が来ないっていうのは、どういう意味だ

【修験道】
言葉通りの意味としか云いようがないな。いや、理由なら説明していいか。口止めもされてないしな

【修験道】
美千村顧問は、今この時間家宅訪問を行っている。優海町のご老人がたへ向けた無料のサービスだ

【謙一】
……それも、お前が仕向けたことか――?

【修験道】
偶然だな。いや、この場合、元々そうだったのを利用した、と云うべきだな。それと、ここまで非人道的な作戦を立てる人種では断じてない

【修験道】
藤間兄妹は、悉く不運だな。だがそれを、己の力でもって乗り越えることができなかった。弱者に、云い訳は利かない

【修験道】
仮令死すことになっても……それを払拭することのできなかったその弱さが罪だったということだ。貼り付ける程のものかは知らないが

【謙一】
……藤間を陥れたのは、お前じゃないってことか。なら、何で俺の前に出てきた?

【謙一】
まさかそんな無駄な言葉を吐いて俺に殺されに来たわけじゃないだろ?

【修験道】
……気持ちは分からないでもないが、そう怖い顔を向けるな。俺は役目通り、お前に交渉をしに来たんだ井澤謙一
男は、一枚の紙を前に掲げた。
それは、もう見慣れた用紙。
それを視界に入れて――井澤謙一の殺気は、この建物の頂上にまで達した。

【学生】
「「「ッッッ――!!?」」」
人間の本気の殺気を浴びる機会はそうそう無いだろう。そして一人の人間がこれほど広範囲に殺気を充満させ、その場の全員にソレを認識させられるということを、知らずとも生涯を終えることはできるだろう。
しかし、彼らは今知ってしまった。震える者。涙を流す者。吐き気を催す者。
いとけないC等部の少年少女も漏れなくソレを知り、ワケも分からず泣き叫ぶ。
……井澤謙一は、頭上に広がるサークルロードの数百人のことを一向に介さず、ただ一人――目の前の男を見ていた。
その男は、平静を保っていた。

【修験道】
俺に怒るな。こんなことを思いつく先輩方を憎しみ恨んでくれ。兎も角、俺は今ここでお前にこの特変破り申請に合意してもらいたいんだ。内容は――

【謙一】
合意したら九条を寄越せ

【修験道】
……全て、察し済みということか。いいのか?

【謙一】
後で見る。九条! 来い!!
即行でサインをし、同時に再び同じ人物の名を叫ぶ。
汚く書き殴られたそのサインを確認し……男も、叫んだ。

【嘉祥】
九条! 急げ!!

【柚子癒】
――!!
それを受け――
九条柚子癒は、一気に階段を飛び降り、庭に着地し藤間へ駆ける。

【柚子癒】
――『刺繍の清水』”!!
瞬間、九条柚子癒の“機能”が発動し――
藤間昴に無数の針が、即座に侵入していく。

【目羅】
……なるほど、だから井澤氏の声に応じなかったのか
クラスメイトである小松目羅、そしてシアも、小走りで降りてきた。

【シア】
……酷い……

【目羅】
ここまでやるとは……どうやら本当に、本気を出すみたいだね

【目羅】
だが、正直君がこんな汚れ役を引き受けるとは思ってなかったよ、沼谷氏

【修験道】
俺のことは承知済みか、真理学園屈指の秀才小松目羅

【目羅】
真理学園屈指の猛者狩り沼谷嘉祥は、良識のある人間だと思っていたんだけどね

【目羅】
人のことを云えた立場じゃないが……正直、残念だよ

【嘉祥】
何とでも云え。俺は……お前と、戦えればソレでいい

【謙一】
……………………

【嘉祥】
自己紹介がまだだったな。真理学園一般クラス、A等部1年沼谷嘉祥。特変破りには、俺も参加させてもらう

【嘉祥】
真理合宿の時から……俺はずっと、待ち焦がれていた。本気のお前と、フリクションを通して戦える時を。その為に尋常じゃ無く汚い手を使ったが――

【嘉祥】
――それでもお釣りが出るほどの成果を、期待している
サインの入った用紙をクリアファイルに入れ、沼谷嘉祥はその場を歩き去って行った。

【謙一】
……………………

【柚子癒】
……………………

【シア】
柚子癒……泣いてる……?

【目羅】
……彼以上に、汚れ役を押しつけられた形だな。九条くん

【目羅】
同情もするし、見損ないもしたが……間違っても藤間氏の命は零れ落としてはダメだよ

【柚子癒】
……分かってる、わよぉ……! 全部……

【柚子癒】
全部縫い止めなきゃ、気が済まないわよ――!

【謙一】
…………

【シア】
……シア、全然わかんない。何が、起きてるの……? 謙一?

【謙一】
俺も、あんまり分かってない。けど……お前ら二人は、知ってるってことだよな?

【目羅】
……それじゃ、私も一つ汚れ役を引き受けようか。この場合、平賀殿にまで誹られるが――

【目羅】
柚子癒くん、応急措置が終わったら、彼をどこに?

【柚子癒】
一先ず……第一保健室に。杏子先生居ないけど、こういう重篤なケースの時は使って良いはずだから

【目羅】
幽閉室か、丁度良い。井澤氏、附いてきてもらっていいかな。シアくんは、このままNYホールに行って、先生がたの指示に従ってくれ

【シア】
わかんないままだけど、わかった……

【目羅】
……嫌な、空気だね

【目羅】
もっと清々としたものを期待してたのに――“革命”