「特変」結成編3-2「人生字を識るは憂患の始め(4)」
あらすじ
「学園長さんは、兄さんの行動指針を束縛しているのでしょうか?」☆「「特変」結成編」3章2節その4。井澤兄妹、この日も勉強します。妹のため毎日を送る兄謙一くんですが、亜弥ちゃんはそんな兄に何を思うのか。次回から急展開の予定です。
↓物語開始↓

【平賀】
……なに、逃げられた? どういうことだ此村?

【此村】
言葉の通りだよ平賀。完っ全に油断していた……まさか煙玉を常備しているだなんて

【此村】
それに加えて、あれだけの2年生を撒くなんて……予想以上の根性持ちだった

【平賀】
……悉く僕を失望させてくれるね2年生は……

【此村】
どうすればいい? 彼女は優海町でしか生きれない筈だ。だから優海町から脱しているとは思えないが

【平賀】
探し続けろ。但し全力ではなく、特変に悟られないように……だが……
平賀
流石に2日3日で足並みを揃えるのは難しかったか。
このごたつきを特変にみせるのはあまりにも危険。衒火情らが強引な手段を取ってくるよりも先に、全てを軌条に乗せる必要がある。
その為には……

【平賀】
申請用紙を朝一で提出することにしよう

【怒田】
参加者名簿は完成していないぞ? まだまだ増える一方だが

【平賀】
保留としておく。それも込みで、納得させる。アイツはしっかり捕獲できているのだろう? なら、問題は無い……僕の推測が、有り得ないとは思うが、間違っていない限りはね

【平賀】
アイツは、頷く以外の道を持たない

【修験道】
……なら、安心だ

【修験道】
ここまで貴方の指示に従っていた甲斐もあった。ようやく、あの男と対戦することができる

【怒田】
……燃えてるな、沼谷。云っておくが、コイツに恩なんか感じるのは間違っているからな

【怒田】
コイツはただ、1年一般組屈指の実力者のお前を駒としか思ってない。今回は、ただ腕が立つから、誘っていただけだ

【怒田】
そこらへんはお前も同じだからな、つっても元々そういう性格でもないだろうが……相楽

【珠洲子】
…………

【平賀】
此村。怒田。沼谷。相楽――

【平賀】
この僕の城に、近付くことも叶わず――特変は、惨めにも全学生の前で散る!
平賀
僕の前では、特変はただの駒にもなれない不良品ども。
平賀
つまり真理学園には要らない、僕の城下に踏み入ることすら許しがたい野蛮人種。そして、それに与する者も“追放”に値する。

【平賀】
革命は明日より、決行する――!!
Stage: 謙一の家

【謙一】
……え? 俺の、交友関係?

【亜弥】
はい……
二人で仲良く作ったベジタブル丼最新作を仲良く平らげて、寛いでいたところに亜弥がそんなことを訊いてきた。

【亜弥】
兄さん、いっつもクラスメイトさん達のことを罵っている気がしたので、もしかしたら、兄さんのことですから万に一つもないとは思ってはきましたが、それでも天地がひっくり返った隙間にそんな事実もあるのかもと

【謙一】
ちょっと亜弥ちゃんの仮定形に附いていけない俺だけど、いや、まあ普通に嫌われてますよ俺

【亜弥】
――――――――
Kenichi
俺の言葉に「信じられない」な顔をする亜弥は結構レアである。

【謙一】
別に知り合い全員に、亜弥相手にしてるような振る舞いはやってないよ。これは俺に限らず、9割ぐらいの人間がやってること

【謙一】
相手によって態度を変える。あんまり良いようには聞こえない人もいるだろうが、沢山の人と関わっていくにあたって重要な世故さ

【亜弥】
で、でも兄さんですよ? 私の兄さんが、嫌われてる世界、だなんて……不思議ですぅ

【謙一】
俺がやってる事を訊いたら納得できるとは思うけど
Kenichi
……実は、特変としての俺の活動については、そこまで詳しく亜弥に話していない。そのこと自体はちゃんと云っているが、何というか……まだ知るには早い気がしたのだ。
Kenichi
今の俺の社会的立場は、極めて異端だ。その異端を知るには、もっと世界に触れて、先入観を作るべきだと思う。間違っても特変のやり方が普通、という価値観は形成してはならない。
Kenichi
って、これじゃまるで真理学園に通わせる予定みたいになっちゃうじゃないか……。

【謙一】
亜弥は絶対真理学園に入れたくないなー……

【亜弥】
え――な、何でですか……?
Kenichi
「この世の終わり」な顔をする亜弥は割と頻繁である。

【亜弥】
私、兄さんに……捨て――

【謙一】
そうじゃない、そうじゃないんだ断じて違う(←抱きしめ撫でる)

【亜弥】
にへらふわぁ

【謙一】
まあ一言でいえば、学園での俺の姿を見られたくないってところかな。あとあの学園そのものを見られたくないとも

【亜弥】
私は、一番興味のある領域なのですが……

【謙一】
うーん……亜弥には、もっと一般的な学園で一般的な学園生活をエンジョイしてもらいたいなぁ……

【亜弥】
そこに兄さんはいらっしゃるのでしょうか?

【謙一】
兄さんは真理学園だ……

【亜弥】
…………
Kenichi
早くも「この世の終わり」2発目をかます亜弥ちゃん。

【謙一】
う、うーん……そうだなぁ……

【謙一】
じ、じゃあもうちょっと学園の雰囲気が落ち着いたら……考えようかな

【亜弥】
――!
Kenichi
「この世が終わらなかった」亜弥ちゃん。器用である。

【謙一】
となると、まずは特変破りの波を沈めないとなぁ……俺らが嫌われてる限り、あの学園荒れに荒れまくるから

【亜弥】
兄さんが皆さんに好かれれば万事解決だと思われます

【謙一】
それは……案外そうなのかもな。ていうか一番厄介なのは、何もかも煽り立ててくる学園長なんだよなぁ

【亜弥】
……何故に、学園長さんは兄さんに生活費の援助をしてくれてるのでしょうか?

【謙一】
それは……全然分かってないなぁ。俺たちに何かやってほしいのは確かで……

【謙一】
特に俺は率先して、皆をそういう方向に持って行ってほしいのだと思う
Kenichi
つまり、俺は学園長の目論見を、今すぐではなくても理解しなければならないのだろう。
Kenichi
真理学園を、入学式のたった一日で荒らすことを躊躇わないほどの奇人を。

【亜弥】
あの、ずっと、これも気になっていたのですが……

【謙一】
ん? どした?

【亜弥】
……兄さんは、今の学園生活が、楽しいですか?
Kenichi
それは、間違いなく純粋に、それを訊いていたのだろう。
文脈とか、探りとか、そんなものを一切介さず、問うた疑念。
Kenichi
それに対して――俺は、何処かが抉られた感じを覚えた。
Kenichi
間違いなく、刃が刺さった。とても小さいが、中々奥にまで潜りこんでくれた、犀利な白銀が……。

【謙一】
……楽しい……か
Kenichi
……自分の、3ヶ月を思い返す。
Kenichi
抑も一番最初に会ったのは、志穂だった。雪が熟々降りまくってた中を薄着マフラーで歩いていたのを見てた時から、もう運命の時は始まっていたのかもしれない。
それから入試面接で裸エプロンの学園長に合格と云われ、その数日後に一緒にお買い物。そして――特変を知った。自分の娘まで巻き込んで、とんでもないことを始めようとしているのはその時もう分かってはいた。ただ、その規模が想像以上であったのだが。
入学式を迎える前に、アイツらと事前に顔合わせをしたっけ。今思えばあの悲惨な入学式を滞りなく展開するために、せめてお互いの顔くらいは一度見ておこうって魂胆だったのだろう。
全て、学園長の掌の上。暫く俺たちがクラスとして纏まれないことも承知の上で、容赦無く色々ふっかけてくれて……権力の使い方も、授業も、テストも自分たちで決めて……そして、合宿に臨んだ。
美甘を初めとして、アイツらは漸く、俺を管理職というクラスの中心的存在なのだと認識した。いや、俺も俺でそういう立場なのを痛感したわけだが、兎も角あれからやっと特変は一つのクラスとなった……気がする。
Kenichi
それからは、もっと怒濤の毎日になった。特変破りが始まった。
特Bが。三重栞々菜が。春日山が。鮭沢が。
奇襲も含めればもう既に3桁に及ぶ、お互いの人生を懸けた戦い。つっても負けた側にデメリットはそれほど存在せず、ひたすらに俺たちのみがリスクを負う毎日。権力者なのだからそれは当然とも云える。
Kenichi
だが、負ければ本当に、人生に挫折しかねない。俺の場合、俺だけじゃない、亜弥に相当な負担を強いることになる……それが、俺の最大の負担と云える。

【謙一】
……自業自得、なんだよなぁ……
Kenichi
「真理学園を選んだ」。
あの時の土壇場の決断は、最早何かの運命的な力が作用していたと云われても、俺は結構素直に納得できるだろう。
しかし、それでも俺は選んだのだ。真理学園のことをあんまり調べられなかったのが可成り痛手ではあったが、その決意は決して生半可ではないと主張したい。
Kenichi
亜弥を、幸せにしたい。
Kenichi
今の俺は、それだけの存在なのだ――

【謙一】
充実は、してるんだがなぁ。本音を云えば、もうちょっと楽したいね

【謙一】
まあその為に今頑張ってるようなもんだが――

【亜弥】
兄さん
亜弥が、抱きしめていた兄の堅い腕に、自らの両腕を優しく巻き付ける。

【亜弥】
人生字を識るは憂患の始め――

【謙一】
――!

【亜弥】
字、ではないですが……私、ちょっとだけその意味が、分かった気がします

【亜弥】
私、兄さんが本音を隠している時の声色が、ちょっとだけ晩ご飯の時とは違うなあって、気付いてるんです

【謙一】
え……? 声色……?

【亜弥】
兄さん自身は、自分の声質を客観的に捉えることが難しいのだと思います。実際、僅々数ヘルス程度の不自然なブレだと思いますので、普通ならば気付きません

【謙一】
いや、それに気付いてる妹は一体何者だ……?

【亜弥】
烏滸がましい推測を、失礼いたします……兄さんはもしや――

【亜弥】
私の為だけに、今を過ごされている気が、あるのではないでしょうか――?
Kenichi
俺が最も愛する妹。
その一方で、俺が最も恐れている“天敵”。
Kenichi
今、亜弥は後者の姿をしていた。

【亜弥】
ここ数ヶ月の、兄さんの疲労の仕方はこれまでと一線を画します……自身の勉学の時間も、大幅に減ってしまいました

【謙一】
それは……もうB等部の時に把握済みになれるよう心懸けてきたからな、その貯蓄を消費してるだけだ

【亜弥】
そうですね、だから兄さんの学業については、あまり心配してないのです。しかし……

【亜弥】
兄さんは、私に学園は楽しい場所だと語ってくださいます。外の世界では、まず友達を作るのがよいと

【亜弥】
でも……兄さんは、それすら、捗っていないのですよね?

【謙一】
ッ――

【亜弥】
それに、今日の同窓会から帰ってきた兄さんの姿は……平日よりはマシですが、それに少し似ているところがありました。兄さんは過去の学友たちと再会を果たしてきた筈なのに……

【謙一】
あ、いや、それは……
Kenichi
それについてはちょっと云い訳が利くのだが……亜弥の云っていることは、何一つ間違っていないために、俺に紡げる反論はあまりにも少なくて脆弱だった。

【亜弥】
私は兄さんの言葉を、兄さんの考えを信じていますから、学園が楽しい場所だということを私は疑っておりません。先ほど申し上げたように、私の現在最も興味関心の向いている領域は、兄さんの学園で、つまり学園なんです。どんなところなのだろうと、楽しく想像を膨らませる練習をするばかりです。ですが――

【亜弥】
兄さんの、学園を語る言葉には、説得力が欠けているとも、思いました……
Kenichi
――当たり前だ。
Kenichi
学園は楽しいところだぞ、と学園に通ってる学生はそう云うが、その学生は毎日帰ってきては、長い間起きてもいられずすぐ深い眠りにつく。
そして問いただしてみれば、その学生は周囲に大変嫌われており、楽しい思い出だってオススメしてくる割にはあまりに乏しい。
Kenichi
そのオススメは、あまりにも怪しかった。それでも、俺を信じる亜弥の今の心境は、果たしてどれほど複雑なことになっているのだろうか。

【亜弥】
兄さん……我慢の、し過ぎでは、ありませんか……?

【謙一】
亜弥……

【亜弥】
私は、兄さんが大好きですから……兄さんが居なければ私は生きていく事ができないのですから……だから、もしこの先、私が別の学園に通うことができたとしても――

【亜弥】
今を充分に楽しめていない、我慢する兄さんを知ってしまった私は、果たしてその時を楽しむことができるのでしょうか……?
Kenichi
それは、矢張り亜弥らしい素直な質問で、疑問。
だが事実上、俺にトドメを刺す確信的な鋒であった。

【謙一】
…………ごめん……

【亜弥】
あ、謝らないで、ください……兄さんは、いつも……私の事を、考えてくださいますから……

【亜弥】
それは嬉しい…嬉しいのですが……それが、ネックになっているような気も、するんです

【亜弥】
私は兄さんの笑顔が好きなのに、それが私の所為で見られない……

【謙一】
そうじゃない。断じてそうじゃないよ亜弥。いつも云ってるけど、もっと自分を肯定してくれ

【謙一】
亜弥は、最高の妹なんだ。だから俺も、暴走しがちではあるが亜弥に尽くしてるんだ。もっと尽くしたくなるんだ

【謙一】
だから……俺は、真理学園を、選んだんだ

【亜弥】
真理学園は……

【亜弥】
楽しい、ですか……?

【謙一】
正直、どっちとも云えない。ああ爽快だな、ってポジティブな感情を持った時もあったし、それ以上に不条理だなぁと思うことが満載だし

【謙一】
どっちも、切り捨てちゃいけない事実なんだろうな

【亜弥】
不条理、ですか?

【謙一】
あんまりこの辺を話したことはなかったんだけどさ、俺って一応権力者なのに、その割にはちょっと俺の知らないとこで勝手に色々決められて、その度に冷や冷やさせられるんだよ
Kenichi
主に特変破りとか特変破りとか特変破りとか。

【謙一】
自分が傀儡なのは承知なんだよ、少なくない額のお金貰ってるんだからな。ただ、どうしても……あの学園に居ると、自分が何なのか、分からなくなることがある

【謙一】
周りの変態クラスメイツはまぁ、好き放題暴れてるから満喫して嫌われてるわけだが、俺はそういうわけじゃない。志穂は馴染んでるように見えるのに、俺は未だに真理学園が、俺自身に定着してない。俺は真理学園が分からない。俺はただ、特変でしかない

【謙一】
……選んだ道を後悔はしてない。これは本音だ。だけど、きっと俺自身が上手くいってないと思ってることも、事実なんだろうな……
Kenichi
口にしてみて、気付くこともある。
Kenichi
俺が、今を楽しめていない、上手くいってないと感じている最大の要因。それは学園長に弄ばれてるのではなく……いや、実質ソレが主因なのは違いないんだけども。
Kenichi
並々ならぬ決意で真理学園に来た割には、それから自己意思を発揮して突き動いている頻度が、少ないこと。
俺は選んでもないのに、本当に傀儡の如く、勝手に試練が用意されて、それを処理する……超絶激務の事務仕事の毎日。
Kenichi
ムカついていたのだろう。金を貰っている以上、甘んじて受け入れねばならないその理不尽に。
しかし日々は忙しい。特変破りが起こればアイツらが騒いで、中にはちょっと訳ありな挑戦者もいて、そいつらと多少仲良くなったりして。
美玲さんは俺の味方だと云ってくれた。優海町の人たちは、とても気さくで初見の俺のことももてなしてくれた。
藤間兄妹には、強烈な親近感を覚えた。あの二人を見た時、特に藤間妹があの会場でなりふり構わず叫んだ時、俺は藤間と戦って良かったとすら思った。
Kenichi
それら、プラスの感情が、持っていたって意味の無い奥底の負に蓋をしていたのだろう。
だがそれを……亜弥は、見過ごしてはくれなかった。
Kenichi
ソレがある限り、亜弥は俺が求める領域の幸福を抱けないと云うから……。

【亜弥】
……学園長さんの求めには、応じなければいけない……

【謙一】
ああ。俺はあの人の理不尽を、拒否するつもりはないよ。文句は云うけど

【亜弥】
……………………
亜弥は、兄の腕の中で何やら深く考え出した。

【亜弥】
……兄さん、私は学園長さんのことを、あまり理解はできていません。兄さんですら御しがたい存在ですから、会ったことのない私が解することは恐らくこの先想像を巡らしても不可能でしょう

【亜弥】
ただ、それでも想像して……一つ、疑問を作ったんです。聞いて、いただけますか?

【謙一】
……もちろん

【亜弥】
――学園長さんは、兄さんの行動指針を束縛しているのでしょうか?

【謙一】
――――え?
Kenichi
一瞬だけ、亜弥が消えた。部屋が消えた。
脳天が揺らぐ感覚よりも前に、一瞬俺の視界が暗転した。
Kenichi
それは、静かな、衝撃だったのだと、後で分かった。

【亜弥】
兄さんは、クラスリーダーで、学園長さんはそのクラスを維持して、特変制度による学園を発展させることを望んでる……と、一応前提にします……

【亜弥】
ですから、兄さんはそれに関するお仕事を学園長さんから任された……しかし、その逆は?

【亜弥】
学園長さんは兄さんに、「やってはいけないこと」を規定したのでしょうか――?

【謙一】
それは――
Kenichi
……………………ない。
Kenichi
俺は、それを聞いたことがない。

【亜弥】
私、思うんです。確かに学園長さんは、聞く限りとても自由活発で、自分の考えたことを実現させようと直向きに頑張る御方なんだって。それで、兄さんにもやってほしいことを色々頼んでいる……

【亜弥】
でも、それは傀儡になってほしいということじゃなくて……同じく自由活発である特変に所属しているのだから、寧ろ兄さんもまた、自由であるべきだと考えられないでしょうか?

【亜弥】
実行の難易度は一先ず置いておいて……学園長さんのお願いと、特変という自由な権力者としての兄さんは、両立しえないのでしょうか?
Kenichi
言葉を学び、数式を学び、世界に憧れてきた亜弥が、亜弥なりの先入観と、それとぶつかり合わない論理で以て、俺に刺した鋒。
Kenichi
それは痛みを伴いつつも……
遙かにそれを凌駕し消し去るほどの、光沢を放っていた――

【謙一】
…………道が……

【謙一】
拓けたような、感触だ……
Kenichi
何処から出ていたのかも分からない、抑も存在したかも定かじゃない、俺を縛り付けていた無数の糸が、ブチブチと千切れていく。
Kenichi
それら全てとはいかないが……今ならば、
Kenichi
動ける、かも、しれない――?

【亜弥】
……私と一緒に、あれこれと料理のレシピを考えてくれる兄さんの顔が、私は大好きです

【亜弥】
楽しそうな兄さんの顔が、大好きです……だから……

【亜弥】
私は云える立場ではないのに、こんなことを云うのは失礼極まりないですが、兄さんはその顔を、学園でもしてほしいんです

【亜弥】
私の大好きな兄さんを……兄さんの学友がたにも、理解してほしいです……
Kenichi
これ以上ないほど、純白な想い。
だから亜弥は、俺の“天敵”にもなり得るし、そうでない時に――
俺を支える、これ以上無い宝物として君臨する。

【謙一】
……亜弥……
謙一は、再び、少しだけ亜弥をギュッと抱きしめた。

【謙一】
……あんまり上手くいく気は、しないけどさ

【謙一】
まあ、ボチボチと頑張ってみるよ。俺も、俺が心の底から楽しいって思える時間を……

【謙一】
亜弥の為に、探してみようと思う

【亜弥】
そこは私の為でなくても――でも嬉しいですにへらにへら……
Kenichi
……亜弥の為となるならば、仕方無い。
亜弥の優しさも、甘んじて受け入れて……俺もまた、美甘のように――
Kenichi
この場所で、自分を試していく――
Kenichi
……………………。
Kenichi
奇しくも、その時はすぐ、訪れた。
Kenichi
俺は、何一つ躊躇してやる必要なんか無いのだと――
Kenichi
ようやく、自分に割り切ることができたのだった。