「特変」結成編3-8「言刃(2)」
あらすじ
「お前は今から、負けるんだよ沼谷」☆「「特変」結成編」3章8節その2。まるで攻撃がすり抜けるような高等体術「紙一重」を駆使する強者嘉祥くんは、それでもまだとても力に飢えているようでした。対して、“機能”を明かす謙一くんにとって、力とは……
↓物語開始↓
Stage: 職員室

【奏】
あの人透明人間なんだけど!? どうやって勝つの!?

【沙綾】
……へぇ……

【乃乃】
つまりお尻に靴べらを差そうとしても貫通するんですよね、すると角度によっては……色々卑猥なスキルなことです。ぶっ飛んでますね

【薫】
アンタの方が卑猥でぶっ飛んでることだけは分かる……

【美甘】
何なんだ、アイツの“機能”は……攻撃が当たらないなんて、チート過ぎるだろ……

【譜已】
謙一、先輩……今どうなってるんですか、美甘先輩……?(←未だ視界暗闇)

【美甘】
えっと、一言で云うなら透明人間に会っちゃったというか

【凪】
透明ではないでしょ、見えているのだし。ただ、勝ち方はしっかり模索しなければいけない

【凪】
強敵だというのはもう前提としてあったけれど、思った以上に厄介な相手だったようね

【沙綾】
……ま、そう大したものでもないでしょうけどねー

【奏】
サヤパイ?
Saya
まさか、生き残りが此処に居たとはね。
まあこの学園の特性からして、有り得ない話ではなかったけれど……

【沙綾】
アレは“機能”でも何でもないわよ、ただの動き方の問題

【沙綾】
極限まで無駄な動きを削ぎ落として、直面してる相手に恰も自分が動いていないのだと錯覚させているだけ

【美甘】
だけっていうか……それ結構凄くないか……? 直面してないウチらも錯覚してるってことにならないか?

【沙綾】
武道の基本は気迫からってね。沼谷くんは年代において間違いなく達人の域。毎日毎時が修行だと意識してそうねー

【情】
……なら、攻撃は当たる。やりようは幾らでもある

【沙綾】
そういうこと。ま、云うのは簡単だけど、実際ソレを引き出せるかどうかは沼谷くんほどの人を前にして呑まれずに策を練り出せる相手の質に依る

【沙綾】
沼谷くん一目惚れのリーダーは、それに値するのかしらねー
Stage: GAC 101会場
そんな職員室で緊迫する観客たちの視線など知らず。
二人は未だ会話の時間を続けていた。

【謙一】
気になってるんだろ? 俺の、“機能”

【嘉祥】
……頷かねば嘘になる。が……

【嘉祥】
その考慮はあまり俺には嬉しいものではない。実際この決闘において使われないならば、知ったところで何の価値もない

【謙一】
お前がどんだけ俺に執着してるのかは、まあ、理解は示すさ。その為だけに汚れ役も引き受けたことへの敬意も持っていい

【謙一】
……それでも俺にとってお前は許せる奴じゃないけどな
Kenichi
藤間は未だ、意識を取り戻さない。
そのことも、沼谷にとってはどうでもいいこと。それよりも俺と本気でぶつかり合う時間を優先した。
Kenichi
沼谷がどうしてそこまで強者を、強者であることを大事にするのかは知らない。単なる好奇心ではなく、コイツの生き方においてとても重要であることは分かるが、俺には共感は持ち得ない。
Kenichi
だから、俺はお前を考慮するつもりもない。お前の云う通り、俺には勝つ理由が……やるべきことがあるからだ。

【謙一】
……さっき俺はお前をバカだと悪口云ったが、何でか分かるか?

【謙一】
だってそうだろ。お前はお前自身の護真術に、“機能”は関係無いって云ったばかりなんだぜ?

【謙一】
どうしてそういう発想を、他人に用いないんだって話だよ

【嘉祥】
……何……?

【謙一】
俺もお前と、同じではないんだろうけど、似てるんだよ沼谷……

【謙一】
俺の“機能”は、俺が修めている護真術には含まれない
それは、沼谷嘉祥にとっては驚くに値する事実であった。

【嘉祥】
……バカな……お前は、藤間戦の時に――!

【謙一】
お前もよく気付くよなぁ……俺んとこのクラスメイトですら気付いてる奴……居なかったわけじゃないんだろうけど、まぁ話題にはあがってなかったから多分大半は気付いてない

【謙一】
確かに、あの時俺は“機能”を発動していた。だが、誰もあの時何が起きたのかを把握していない。そこまでは誰も分かっていない。お前もそうだろ?

【嘉祥】
……………………

【謙一】
……沼谷、お前にとって、「言葉」とは何だ?

【嘉祥】
……いきなり何だ? 関係の無い話に附き合うつもりはないが

【謙一】
関係無くはねえよ。俺は……まあ、ざっくり云えば何かを伝える手段だと把握してる

【謙一】
何かっていうのは、まあその時その時で色々あるけど、それを詰めてさ、相手に届けるんだ。その時送り主の主観で構成されたとりとめのない念は、関係においての共通言語によって変換され、送り相手にも内容が理解されるようになるんだ

【謙一】
形のないモノを、形ある物に変えている。それが文字であり、言葉という容れ物だ

【嘉祥】
なるほどな、唐突に難しい議論で総て理解したとまでは云えないが、その発想は分からないというわけではない

【嘉祥】
が、全く分からないのは、その議論がどうお前の“機能”に結びつくのかだ

【謙一】
結びつくも何も、コレが俺の“機能”のコアとなる情報なんだがな

【嘉祥】
……何だと――?

【謙一】
普通の人間が使う言葉というツールは、確かに便利だが、問題が無いわけじゃない。それは、ミスマッチだ
Kenichi
この容れ物の役目は、内容を正確に伝達することだろう。
だが時に、言葉が伝えられたにも関わらず、内容が理解されず、逸脱した反応が返ってくることがある。あるというか、それが大半な世の中だ。
Kenichi
言葉は、正確に使われなければいけない。容れ物に過小も過多も赦されない。伝えたかった内容が伝わらなかったなら、その為に発生したその容れ物の存在は何だったんだ?
Kenichi
――確固たる意味が持てず、罅割れ酷い時には鋒と化した、欠陥品。
俺からすれば、そんなのは人を殺傷できる刃だった。

【謙一】
言葉は自分にとって、他者にとって、薬にもなるし刃物にもなる。俺は、それが本当に憂い事でさ……だから

【謙一】
俺の“機能”は物凄く俺に似合ってて……助かるといえば助かるものだ

【謙一】
何てったって、確実な言葉が自動で用意されるんだからな。俺の想いが、自動で詰め込まれて、一般のソレとはだいぶ異なる言語で以て直接対象に流し込む

【謙一】
ソレが……俺が把握してる限りでの、俺の“機能”なんだよ
Kenichi
それを説明する俺の言葉は流石というべきか、意味不明。
俺はどうも言葉をどう伝えればいいかが分かっていない。
だから時に盛大に空気を読めないし、皆を驚かせることも少なくない。
Kenichi
その意味では、俺は間違いなく――欠陥品。

【嘉祥】
…………何だ……その、“機能”は……

【謙一】
つまりだ、お前のご要望には端から応えられないんだよ沼谷。お前の不動スキルに四苦八苦させられる滑稽な姿が、俺の最高率の全力

【謙一】
付け加えると、俺は“機能”のコントロールができない。法則はよく分かってなくて、勝手に発動するっていうかさ。万気相も使えないし、矢張り俺は総じてマナを扱えないんだと評価されるべきなんだ

【謙一】
藤間の時にはタイミングばっちしで発動してたみたいだけど……発動したからといって、何かが変わったわけじゃない。俺のメッセージで藤間の何が変わったのか、それは藤間に訊いてみなければ分からない。ていうかあの結末を創り出したのは間違いなくあの兄妹なわけだし

【謙一】
……ただ単に強者と戦いたかったってんなら、俺じゃなくて情や志穂を指名すればよかったのさ。その方が楽しかったぜ絶対

【嘉祥】
バカな――そんなバカなことがあるか!!

【嘉祥】
言葉を届ける、だけの“機能”……? それの、一体何処が護真術に……ッ!

【嘉祥】
力になると、云えるんだ――!?
Kenichi
激昂。
沼谷は、何かに怒っていた。不満があった。それは間違いなく俺へ向けたものであり……。
Kenichi
価値観が深く齟っているのが決定的となった。
そう、沼谷に理解はできるわけがなかった。強さを求めている男なのだと分かった時から……お前が平賀を通して整えた舞台は、お前を満足させてはくれないことを俺は感じていた。

【謙一】
沼谷、昨日云っただろ。あんまり勝手に土足で入り込むなって

【謙一】
靴を脱げ。その場所の郷に従え。でなきゃ理解できるものも理解できない

【謙一】
いや、理解なんてしなくてもいいしできるものでもないかもしれない。だがそれでも、お前がどこまでそこに踏み込んで自分にメリットがあるかぐらいは測れるようになるだろ

【謙一】
だからお前は今回、働いた割にはあまり良い結果を得られなかったんだよ。いいか? 俺はな――

【謙一】
力なんて、要らねえんだよ

【嘉祥】
――――――――

【謙一】
分かんねえだろ? お前には到底理解できない価値観の筈だ。お前が今まで懸けてきた価値観と、俺のこれまでが築き上げた価値観は、相当に相性が悪い

【謙一】
……仮にお前が俺の、或いは俺がお前の価値観を把握しようと努めたところで、じゃあそれで今までの自分を変えようと思うか? お互い、大事にしてきたもんだ、捨てれねえよ絶対に

【謙一】
俺は力なんて求めてねえんだ。そんなもん要らなかったんだ……あって良かった時よりも、なければ良かったと思う事の方がずっと遙かに多いんだ。そんな俺に――

【謙一】
お前は今から、負けるんだよ沼谷
Kenichi
他の誰でもなく、ただお前が作ったこの最悪の場所で……
お前は自分の価値を辱める羽目になる。
Kenichi
全部が全部、悪くはないというのに……救えない男だった。

【嘉祥】
ッ――井澤……

【嘉祥】
井澤あぁあああああああああああ……!!!
致命的なほどに、自分の理解の及ばない相手。
この対決カードの意義はこの時の沼谷嘉祥にはもう殆ど失われたに等しく……。
故にそれを理解したならば、これ以上の会話もまた彼には無意味だった。
適切な処理の分からないその激昂を、依然スマートな身体捌きに載せて、再び一方的な肉弾戦が始まろうとしている。
……だが。
井澤謙一が言葉に気を遣っているということを、嘉祥はまだ思い知っていなかった。
少なくともこの時、真剣に相対している嘉祥には嘘を云っていない。虚勢も張っていない。言葉は、そのまま真実を告げている。
――今から沼谷嘉祥は、井澤謙一に敗北する。
その言葉の根拠を、既に彼は実行していたのである。

【嘉祥】
ッ――!?

【謙一】
ッッッ……~!!
回避でもない。防御でもない。
嘉祥渾身の脚撃を……謙一は肋骨に受け止めた。

【謙一】
肉を切らせて骨を切るってね……でも正確には、今肋骨やられたから逆に――

【謙一】
肉を、切らせてもらおうかな……