「特変」結成編2-2「お隣さん(3)」
あらすじ
「分からないという事態は、本当に怖い」スタジオメッセイのメイン作品『Δ』、「「特変」結成編」2章2節その3。着々と合唱の完成度を磨き上げる特B。一方で特変に練習の姿は見られず、主催者でもある目羅ちゃんは一層警戒心を募らせる回です。
↓物語開始↓
――合唱祭まで、二週間を切る。
Stage: 特変教室

【目羅】
…………

【奏】
んがーーーーーーー!!!!(←激怒)

【凪】
……………………(←無視)

【譜已】
まあまあ……(←宥め)

【情】
ごがあぁあああああ(←爆睡)

【志穂】
ヴオォオオオオオオオ!!!(←ウルトラ爆睡)

【沙綾】
今日の賭けは私の勝ちねー。志穂の方がうるさい

【乃乃】
反論しようがありませんね……今日は情さん、不調みたいです

【美甘】
……健康そのものだと思うけど

【謙一】
でも、何というか5月病? ぶっちゃけ俺も眠いんだよなぁ……

【乃乃】
では情さんみたいに眠ればいいではありませんか

【謙一】
お前の眼前で居眠りとか、ガス充満した部屋でマッチ棒振り回す並みの恐怖だわ

【乃乃】
私のことをよく理解されているようで、嬉しいです(←ニヤニヤ)

【謙一】
ってか乃乃、あの二人寝てるのに何で嫌がらせ仕掛けないんだよ。俺だけ狙うってどういうこと

【乃乃】
あの二人にやらかしたら私、危険な目に遭いそうじゃありませんか

【謙一】
つまり俺は無害だからイタズラしても大丈夫と? 舐められるの俺? だとすれば思い知らせる必要あるな

【沙綾】
じゃあ実際にリーダー寝て、乃乃嫌がらせして、それから思い知らせるって流れねー

【謙一】
……………………やめとく怖い

【沙綾】
ある意味無害ねー

【謙一】
何で沙綾まで俺を虐めにかかってんだよ……

【沙綾】
何か可愛いから(←ゾクゾク💕)

【謙一】
…………(←ゾワゾワ💀)

【沙綾】
ってあら、お客さんみたいよーリーダー

【謙一】
おう、それじゃ逃げる口実もできたことだし退散しますかねー

【乃乃】
逃げられてしまいました~

【謙一】
どうした小松?

【目羅】
やあ。相変わらず騒がしいね、この教室は。授業中も休み時間も

【謙一】
あれ、もしかして隣の教室に迷惑だった? 壁がモロ防音機能だったから気にしてなかったんだけど

【目羅】
そこは心配しなくていいよ。お察しの通り、各教室の防音力は非常に優れてる

【目羅】
大音量で合唱とかしない限りは、お隣の私たちのところにも一切聞こえてこないと思うよ

【目羅】
……ただ、それくらい聞こえてきてもおかしくない時期ではあるんだが

【謙一】
確かにな
Kenichi
廊下に出てみると、分かる。
流石に2週間前ともなると、どこのクラスも曲を決定して練習に没入している。これはドアを開けていると思われるが、下から僅かに歌声が聞こえてくる。

【目羅】
ちょっと君たち、相変わらず過ぎるんじゃないかなと

【謙一】
警告しに来てくれたのか、わざわざ?

【目羅】
生温い君たちに勝っても、勝った気がしないからね。そう贅沢云ってられない相手なのは承知だが……

【目羅】
最低限の、意味は確保したいんだこちらも

【謙一】
…………
Kenichi
特変破りを挑んでくる者は普通、勝つことを至上目的と位置づける。どんだけ相手が腑抜けてようが油断してようが、勝って願いを実現させることが大事なのだ。
小松だってそうだ。勝ちたいから、自分たちが有利に準備できる合唱祭を対決項目に選んだんだ。小松は確実に勝ちに来ている。
Kenichi
しかし、小松的にはソレだけでは不満らしい。俺たちにも真剣にやれ、というのを云いたいようだ。
だからこそ真正面から偵察に来た俺を招き入れて、特Bの方向性を明かしたんだ。
Kenichi
不安なわけだ。俺たちが、しっかり合唱祭の準備を進められているのかが。

【謙一】
ま、流石エリートクラスだなぁと感心した、てのが第一の感想かな

【謙一】
これまでの特変破りとはまるで性質が違う。少なくとも、勝ちを見込むってことができないでいる

【謙一】
ああ見えても、きっと皆内心ドキドキだぜ?
Kenichi
※ぶっちゃけ嘘である。
どうせアイツらナチュラルに過ごしてるだけである。

【目羅】
どこまで準備は進んでいるんだい?

【謙一】
ソッチは教えてくれたのに申し訳ないんだが、ソレは秘密ってことで
Kenichi
フェアじゃない気もするが、仕方無い。今回ばかりは俺たち、最高に出遅れてる。
いちいち美しさに拘っている余力が無いのだ。
拘るべきは、そこじゃない。

【目羅】
……ま、お互い共有することでもないしね。それは構わない。けど――

【目羅】
しっかりしてくれたまえ、と敢えて言葉を刺そう。特Bが本気で挑む、特別な特変破りを蔑ろにしないでくれ

【謙一】
……それに応える余裕が、俺たちにあるのかね

【目羅】
…………

【翠】
はぁ~い、お取り込み中のところごめんね~☆ ちょっと今から特変はミーティングしまーす☆

【謙一】
いきなり出てきて何ですかいきなり。しかもミーティングて……
Kenichi
嫌な予感しかしねえ……

【目羅】
……分かったよ
自分の教室へ戻っていく目羅。

【謙一】
…………

【目羅】
……お邪魔したね
特に見送ることもなく、すぐさま謙一も教室に入って……そして新たな騒ぎに巻き込まれる。

【目羅】
…………
Mera
……世の中は分からないことだらけだ。
分からなかったら、解く。それが社会的な人生であり、その為に勉強するのだ。
Mera
しかし、分からないからといって、何故解くのか。云い方を換えれば……分からないまま放置する、ということをどうしてしないのか。それを多くの人、特に学者肌は好奇心を理由に挙げる。
Mera
……だが。私が第一に挙げるとしたら、それは――

【目羅】
恐怖、だ……
Mera
分からないという事態は、本当に怖い。だから勉強して、少しでも分からないことを減らそうとしていないと、気が気でなくなる……
Mera
私のそんな考えと一致するかは兎も角として、彼のやり方は私のその隙を突いているように思う。
何かを、隠している。

【目羅】
一体何を――?
Mera
特変は、何をするつもりだ――?
――合唱祭まで、一週間となった。
Stage: 特B教室

【目羅】
……それじゃ、ちょっと休憩しようか
参加メンバー全員の予定が合い、この日の放課後、特Bは徹底的に練習をしていた。
まさにラストスパートと呼ぶに相応しい、清楚な熱気が密室状態の教室に充満していた。

【柚子癒】
正直、ここまで本格的にクオリティ上げてくると、何故か分からないけど怖くなってくるわね……

【柚子癒】
プロでもないのに。私たち、どこまで高められるかって……ボンヤリしてるけど

【目羅】
練習開始前とは違って、今は具体的なゴールがイメージできる状態だからだろうね。気持ちは分かる

【目羅】
かなり自信がある一方で、実際本番を迎えた時にどうなるのか、より精細な妄想ができるようになって……

【目羅】
さながら受験期。……ってエスカレート式の私たちにはまだ似てるかは分からないか。どうかな徳川くん

【秋都】
あはは……私、こんな頂点目指す、みたいなモチベーションで受験しなかったから分かんないや……

【美玲】
でも、本当に勝てちゃうかもね。慢心だけど、これも今まで頑張ってこれたから抱けるもの

【シア】
皆、すごい、頑張ってきた……

【雪南】
まさか俺までこんなベタなスポ根的展開の一員になるとはなぁ

【雪南】
……いや。特変が関わってきてる時点で、ベタじゃないのかもしれないが

【秋都】
……謙一くん……

【目羅】
……朧荼氏、どうなってる

【雪南】
ダメだね
雪南が首を横に振る。
その話題に面子は何となく食いついた。

【柚子癒】
ダメって……何が?

【目羅】
……まぁ、敵状視察ってやつかな。コレは特変破りでもあるから、怠ってないんだよ

【目羅】
盗聴の達人・朧荼氏に特変の放課後の様子を観察してもらおうとね

【柚子癒】
えっ、まさか指揮棒振ってる間もずっと盗聴してたわけ……!?

【美玲】
器用だなぁ……盗聴って、具体的にどうやってるの? 盗聴器仕掛けて?

【雪南】
それが一番手っ取り早いし効果的かな、とは思うんだが……いや実際やったんだけどね

【柚子癒】
やったんかい

【雪南】
どういうワケか仕掛けたモノ全部不調を起こしてるんだ

【美玲】
気付かれて、壊されちゃったとか……?

【雪南】
いや、それなら反応無しっていう風になる。そうじゃなくて、ノイズばっかで何も聞き取れない状態

【雪南】
つまり生きてはいる。だが妨害を喰らっている……そう考えるのが妥当なとこだ

【目羅】
妨害……? しかし朧荼氏の用意するモノは

【雪南】
うん、すっごい高機能。そんじょそこらのジャミング攻撃とか受け付けないよ。意地でも盗聴してやるってね

【雪南】
……だけど、コレですら完璧に妨害されてるんじゃ、他のを試しても意味は無いね多分

【目羅】
他に盗聴方法は?

【雪南】
まぁ色々あるし、実際試したよ。アルスに不法侵入して自動録音アプリを入れて、俺のとこに送信させるとか

【雪南】
寮部屋に侵入してコンセントの裏に~、とか。やれる限りのことは尽くしたつもりなんだけど……

【柚子癒】
……合唱祭が終わった後にでも通報すべきなんじゃ……

【美玲】
朧荼くんって、本当に行動に迷いが無いよねー……

【シア】
……誰の部屋に、入ったの……?

【雪南】
ん? 取りあえず、沙綾ちゃんと凪ちゃんかな

【秋都】
女子部屋――!!?

【雪南】
仕方無いだろ、謙一の住所は一切不明だし、情くんは定住してないしね。自動的に女性陣さ

【雪南】
その中で寮住まいなのは3人。そのうち学園寮は2人。目羅ちゃんの指示通り、やれるだけを尽くした

【雪南】
しかし盗聴器というのは基本的に電波で機能してくれるものだ。あちらがそこに注目し対処してるなら、全滅も不思議じゃない

【目羅】
……会話内容どころか、位置情報を追わせてすらくれないのか

【秋都】
それって……やっぱり、何か考えがあるってこと、だよね

【雪南】
だろうねー。アルスに侵入できない理由はよく分からないが……少なくとも確実に俺たちを意識して遮断してる

【目羅】
何か動きが分かれば、大規模なものは無理でも、更に対策を被せることができたかもしれないが――

【目羅】
ここまできたら、あとはもう本当にクオリティを上げてくことしか考えない方がいいかもね

【目羅】
そうと分かったら、休憩終了! 始めるよ!

【秋都】
あ、うん……!

【シア】
頑張る……

【柚子癒】
コレで勝てないとか、正直特変破りに興味無くても凹みそう

【雪南】
それでも良い思い出にはなるんじゃないかな
Mera
……まったく、殆ど私の我が儘だというのに。皆特に文句も云うことなく、附いてきてくれた。
そう、良い思い出。まさしく青春って感じがする。きっと、その意味でも私は勝ちたく思っているのだろう。
だからこそ――

【目羅】
(来るなら来い――)
Mera
全力で来なければ、許さないぞ。
特変――
そして――
全てのクラスが同等に、この日を迎えた。
5月23日、月曜日。
Stage: 優海文化会館
午前10時。
NYホールよりも、大規模な優海町の厳かなホールで――
いつもよりもずっと遅い、モーニングコールが始まっていた。

【キャロ】
神に祈る人々は、ただ言葉を連ねるに留まりませんでした

【キャロ】
賛美の気持ちというのは、書き言葉を音読するのとは構造が違うのです

【キャロ】
人は、喜怒哀楽を糧に、如何様にも活動をしてきたからです

【キャロ】
書き言葉という概念、加えて話し言葉との違いが古代にあったかは定かじゃないですが……

【キャロ】
「詩編」を開いてみてください。話し言葉……ですらない、独り言に近い文章が目立つでしょう?

【キャロ】
話し言葉にだって、伝える相手が存在します。そこで人と人の会話で使われるのは、社会の言葉です

【キャロ】
独り言は基本的に、相手がいません。ですから特定の文法や語句の意味に囚われる必要は無いのです

【キャロ】
厳密に云うならば、意識すべき相手。意識すべき文法などは、神様に対して、でしょう

【キャロ】
当時の人々が、現代のメシニストが正確に正しい方法で会話を作っているのか――?

【キャロ】
当然ソレもまた分からない問いです。しかし私が、今ここで強調しておきたいのが……

【キャロ】
事実として、人々は歌うことを選択したのです

【キャロ】
賛美の為に。嘆く為に。内の喜怒哀楽を、何とか神様に伝えようと……選んだ会話の形式の一つなのです

【キャロ】
ぶっちゃけ、皆さんは神様と会話をするが為にコレまで頑張ってきたワケではないでしょう

【キャロ】
本合唱祭が聖歌に限らないのは、真理学園が灘殿の望んだ通り、労働を重視するからです

【キャロ】
皆さんが頑張った分だけ、神様はその努力を聴いてくれると思います。ですから、今日は――

【キャロ】
素敵な“会話”を、期待しちゃいます。――祈りの間に
真理学園生に加え、
観客の優海町民500人以上が集い、今年も始まる賛美の祭。
しかし――

【キャロ】
――確かに
その様相が去年までとは異なることを、この後誰もが理解することとなる。