「特変」結成編2-12「物の価値(2)」
あらすじ
「それでも、誰に任せることもなくアイツは俺に勝負を申し込んできた……それも、何か相当な覚悟を目に宿して。 直感だが、これには……必ず理由があるだろう。」スタジオメッセイのメイン作品『Δ』、「「特変」結成編」2章12節その2。此度の挑戦者藤間昴の巧妙な申請。全然時間が無い中謙一くんは対策に追われます。
↓物語開始↓
Stage: 特変教室

【美甘】
また、いきなり完了用紙……
既に訪問者の去った扉を眺めながら美甘は溜息をついた。

【乃乃】
ふわぁぁ……枢奈さんの時ぐらいですよねぇ~……しっかり、と、手続きのされた公式戦は……

【奏】
……ノノパイ、何かヤケに眠たそうだね……気のせいか今日の罰ゲーム奉行もいつもより乱暴というかがさつというか(←お尻にネギが刺さりながら)

【乃乃】
むにゃむにゃ……実は、譜已さんに特化した罰ゲームを開発してたのですが、その途中で凪さんの顔を真っ赤に染める企画を思いついてしまい、夜な夜なテンション、上がっちゃいまして。寝れませんでした……

【乃乃】
いつもは、10時ぐらいにはもう布団に入るのですが……むにゃむにゃ……ぽかーん

【沙綾】
凪も譜已も、今日は揃って欠席。だからどちらも新開発を試せず残念で、腹いせに奏と美甘と情くんが附き合わされたってことね。納得

【情】
極めて心外だ永眠させてやろうかクソ弾頭(←お尻に折りたたみ傘が刺さりながら)

【乃乃】
永眠はしたくありませんが、正直仮眠を取りたくて仕方無いです

【美甘】
取りあえず、寝とけば……? あ、でも教室にいると情が居るから危険かも……(←お尻にゲームの攻略本(346ページ分)が刺さりながら)

【志穂】
オススメは晴天の下、生き生きとした芝生に転がって大の字に寝転びながらそよ風を浴びることだな~

【美甘】
ソレ仮眠超えて熟睡するだろ……でも、行ってくれば? どうせこの後の授業もそこまで意義ないと思うから……

【沙綾】
3限は訓舘さんだし、4限は体育……あ、今日は保健やるんだっけ、兎に角皆崎さんだからサボり放題よ乃乃

【沙綾】
睡眠を摂らずに身体にストレス溜めるのは美容に対するテロだから、思い切って休んどきなさいよ

【志穂】
え、何でおめー他人に優しくしてんの? 何か気持ち悪いんだがゲロりそう

【沙綾】
乃乃はクズ同然なのに美人ってところが良いんじゃない。まるで私みたいで☆

【奏】
殴りてえ

【美甘】
いつも普通に殴りかかってないか奏……? 乃乃とは対照的に、今日は随分大人しいじゃん

【奏】
いや、だって譜已ちゃん居ないタイミングで暴れたりしたら何か譜已ちゃんもナギパイも怒りそうだもん……

【美甘】
あー……

【謙一】
すーーはーーすーーーはーー(←セージとローズマリーの袋に顔突っ込む)

【美甘】
ヤバい、そういやミーティングの流れだったんだ……

【奏】
ごめんなさーい……

【乃乃】
私は、ベランダの方で……少々失礼しますね……

【乃乃】
その……無防備なところを見せるのは、私とて恥ずかしいので……男子禁制、お願いしますね……
乃乃は覚束ない足取りで晴天と芝生の待つベランダへ出て行った。

【沙綾】
そうそう、そうやって時たま乙女なところ見せるのがまたクズ乃乃のグッドなポイントなのよねー

【美甘】
いやだからこれ以上脱線すんなって! あと乃乃おやすみ!

【沙綾】
といってもその紙見る限りじゃ、対戦相手は指定されてるんでしょ? リーダー一人って

【沙綾】
じゃあ私たちが積極的に会議する必要も無いじゃない。リーダー頑張ってねー
沙綾はネットサーフィンに勤しみ始めた。

【謙一】
最近お薬代が堆くなってきたなぁ……

【奏】
…………

【奏】
ケンパイ

【謙一】
ん……? どした問題児。取りあえずそのネギ何とかしろよ
Kenichi
と、ツッコミ待ちなのかなと思って指摘してやったのにケツのネギは放置で俺の所に歩いてきた奏。
なかなか短い距離で相対し、身長差のある俺へと顔を上げる。

【奏】
……その、私たちが云ってもある意味説得力無いのは分かってるんだけど……

【奏】
あんまり、薬に依存するのは良くないよケンパイ

【謙一】
……………………

【謙一】
ホント云ってることは正しいのに心に響かねえわ

【奏】
すんませーん……
Kenichi
俺をここまで疲弊させてんのはお前らだということ。
Kenichi
しかし奏の言葉は心配……いや、それ以上に強い勢い。制止とでも云うべき感情が詰まっていた気がする。
言葉だけじゃない、上目で俺を見るその表情に、気まずさを超えた……何らかの意思を感じる。
Kenichi
要は真剣に俺を気遣ってるってことだろう。
……だが、それにしても、この言葉に潜んでるような、“強さ”……か? 一体何なんだろうな――
Kenichi
と、俺自身が脱線しかけたところを制する。

【謙一】
まあ、気をつけてるよ。薬というよりアロマのつもりなんだが、何にしても何かに依存するっていうのは意識を外すと危険にも気づけなくなる

【奏】
だったら、いいんだけどさー

【謙一】
しかし、現実からは目を背けたくなるんだよなー……まさか俺一人を指名してくるとは

【沙綾】
その可能性自体はどうせ一度は気付いてたんでしょ? 三重さんの特変破りの時とかも、お互いの参加人数の可能性で議論になったものね

【謙一】
ああ、まあな……
Kenichi
あの時は、普通ならチームスポーツのバスケ勝負を三重たった一人でふっかけてきたというから驚いた。真理学園にはマンツーマンという伝統様式があったからまだ納得はできるが、本来球技だったらチーム戦になるのが普通のイメージだろう。
Kenichi
しかし三重は随分と思慮が浅かったので、どんどん自分の首を自分で絞めていた。抑もバスケで勝負を挑んでくること自体がバスケ部三重にとって重大な問題になっていたが、定められた対戦内容にも色々と穴があった。
その最たるものが参加可能人数であり、手続き上挑戦者側は参加者及び参加人数を申請用紙に明記することになる。つまり確実に定めることになるので、三重の時もすぐ相手が三重一人だと理解できた。完了用紙に書いてありますし。
一方で俺たちの方は全く言及されておらず、三重1人に俺たち特変9人が一斉に飛びかかることすらルール上許される始末だった。
Kenichi
そう、今まで不思議なことに、三重含めて挑戦者側はこの観点が充分に行き届いていなかった。相手を知らなかったというのもある、学園長に直接渡してるから第三者の目線が入りづらく訂正の薦めを受けなかったというのもある、誰が来ても負けないという絶対の自信・誇りがあったというのもある、しかし「指定できるものを指定していない」という緩さが特変破り失敗に繋がっていることは否定できなかろう。三重が俺一人を指定してバスケ勝負を挑んだなら、今頃特変はもう存在してなくてもおかしくない。
Kenichi
特変制度、少なくともその明記されている内容から判断するに、申請時に俺たちの誰を対戦相手とするかは指定できる。それに気付いている奴は案外少ないってことを云いたかったわけだが、今回はそれに気付いた奴が挑戦者。
Kenichi
指定されたのは井澤謙一。この俺ただ一人。一騎打ちだ。
Kenichi
その対戦内容は――

【美甘】
護真術戦闘……まさか、公式戦でそれを持ち出してくるなんて

【奏】
だったら奇襲すればいいのに。ねーサヤパイ

【沙綾】
奏ってホントアホよね

【情】
同意する

【奏】
今日は譜已ちゃんがいないから今日は譜已ちゃんがいないから今日は譜已ちゃんがいないから今日は譜已ちゃんがいないから今日は――

【美甘】
無駄に不穏作んなよ……

【沙綾】
えっと、藤間昴くんだっけ、今回の対戦者さん。見た目B等部っぽかったけど、考え無しに奇襲してくる同学年の人たちに比べたら随分と賢明ね。そういうのはA等部3年に助言して譲った方が良かったんじゃとも思うけど

【志穂】
奇襲だったら、当然私や奏が攻撃できるからな。バケモノは少ないに限る。だったらバケモノ一人確定させてでも一騎打ちに持ち込んだ方が勝ち目はあるかもしれん

【志穂】
まして、頭は回っても肉体的には微妙な奴をチョイスしたなら、勝率は倍ドン

【奏】
あ、なるほど確かに……って、ケンパイってもしかしてバトルとか苦手――
So
――あ。

【謙一】
――おまわりさあぁあああああああああああああああああああん――!!!!!

【酔ってる】
!?!?!?

【酔ってる】
!?!?!?

【譜已】
えぇええッ!!?!?

【奏】
ちょ、パイセン!? 井澤パイセン!? 何やってるんですか!?

【謙一】
えっ、何って、大人に助けを請うてるんだが……

【奏】
この流れで!? ここはパイセンが自力で障害撥ね除ける流れだよね!?

【謙一】
俺は使えるものは惜しみなく使う主義だ

【奏】
かっこつけんなかっこ悪いから!!

【奏】
……そういや、そうだったねー……

【謙一】
何だその憐れむような目は
Kenichi
しかし沙綾の解釈は極めて正しかろう。
藤間という後輩がこれまた一人で勝負を挑んできたわけだが、三重と違って全然無謀ではない。俺もこのやり方は素晴らしいと思う。
Kenichi
いきなり完了用紙を持ってきた……つまり俺たちにではなく学園長に直接申請するという選択をした。今のところそういう例外が認められまくってることを調べ抜いて、俺たちによって却下されるのを防げると睨んだのだろう。
Kenichi
そして日程は今日。しかも昼休み。あと授業2限分で本番が始まってしまう。この短時間も恐らく藤間が仕組んだ作戦の一つ……俺たちに作戦を立てる時間を極力減らすためだろう。これも俺らが見たら即行で却下されることが目に見えていたからか、学園長がOKしそうなギリギリな時間帯をチョイスしてきた。
Kenichi
そもそも護真術戦闘の一騎打ちである以上、沙綾が最初云ってたように会議のしようがない。実質、俺と藤間の問題。手出しのできないこいつらを何か動かそうにも、その時間はない……。
実際マジで対策は思いつかず、ただでさえ少ない時間だけが過ぎた。

【謙一】
ヤバいなぁ……

【奏】
うっわ遂にはガチ口に出しちゃったよケンパイ!? これ負けるじゃん! 私たちの人生終わっちゃうじゃん!!

【沙綾】
負けるのは確実としても、人生終わるほどでもないでしょー? せいぜい特変制度が解体されて学園長が処刑されるぐらいよ

【奏】
いやいやいやいやソレもマジヤバだし譜已ちゃん絶対悲しむじゃん! それに、特変制度が解体されたら私たちも一般クラスに成り下がるってことでしょ?

【奏】
そうなったら、今まで虐めた分が返ってくるよ……私たち3日もしたら原型留めてないよ……

【沙綾】
でしょーねー。取りあえず転校の手続き……あ、この学園そういうの多分用意してないわね、じゃあ夜逃げの準備ね

【沙綾】
ぶっちゃけ学歴なんかなくたって多分私大丈夫な人種だし、しばらくは実家で静かにネットサーフィンでもしてようかしらー。あ、それはそれで結構楽しそう

【情】
テメエの彼氏候補のエセチャラ男はどうすんだ

【沙綾】
そればかりは悔しいけど、不利を認めるしかないかしらねー。かーくんの学園生活を脅かすメリットがないし
Saya
……寧ろ、私が学園に通わなくなるのは何一つとしてあの子にとってデメリットがないわけだし。

【奏】
さ、サヤパイは確かにお金稼ぎのスキルがあるから何とかなるかもだけど、私とか譜已ちゃんとかは……

【沙綾】
譜已は別に……あ、そっか、学園長は処刑される前提で話進めた方がいいわよねー。奏、家族親戚は頼れないの? 寮生活してるの知ってるけど敢えて質問しちゃう

【奏】
…………ムリ……

【沙綾】
じゃあ奏と譜已については責任をもってリーダーが養うってことで

【謙一】
譜已ちゃんは別にいいけど奏まで養えるほどウチは贅沢じゃないぞ。寧ろ毎日が風餐露宿の気分でだな

【志穂】
まー金に対してはストイックだからなーお前。ということで美甘と凪と乃乃もプラスで養え

【美甘】
え、ええ!?

【謙一】
一気に家族が増えたなー
Kenichi
などと冗談に附き合っている暇はない。それが冗談じゃなくなるまでのタイムリミットは目前にまで迫っているのだ。
Kenichi
確かに嫌な状況であることには違いないが、それでもやれないことがない、というわけでもない。こういう時こそより冷静に、平常を意識して状況を再整理しろ。
Kenichi
……俺が、今一番気になっていることはなんだ?

【謙一】
……藤間昴……

【美甘】
え?

【謙一】
今更だけど、今回の挑戦者――藤間昴について誰か知らないか?

【沙綾】
私は知らないわねー。春日山くんだったり鮭沢さんだったり、そういう話題になりやすい人はたいてい知ってるつもりだけど、多分あの後輩くんはごく普通の真理学園生ってことなんでしょうね

【謙一】
……やっぱり、少なくとも年下って感じだよな
Kenichi
つまり、B等部。
Kenichi
さっき沙綾も口にしていたことだが、わざわざB等部の学生がA等部に喧嘩を売りに来るのは無謀と表現したくなるものだ。それよりかはA等部の先輩を助力して上手に試合を進めるようにした方が力になる。
Kenichi
それでも、誰に任せることもなくアイツは俺に勝負を申し込んできた……それも、何か相当な覚悟を目に宿して。
Kenichi
直感だが、これには……必ず理由があるだろう。

【沙綾】
ていうか、相手はB等部なんだから、ぶっちゃけ“機能”とか使わなくたって万気相だけでも充分勝てるでしょー

【沙綾】
また三重さんの時みたいにお節介を掻きそうな流れ作ってるけどリーダー、そういうの面倒なんだから早く倒して終わらしちゃえば? そもそも時間無いんだし

【謙一】
……ああ
Kenichi
そう、その通りだ。
三重の時にあって今回にないのは何より時間だ。
Kenichi
何を調べようにも、もう殆ど時間がない。

【美甘】
もう、謙一……準備しないと

【謙一】
だな。でも、グリーンシャドウ隊に話を聞くぐらいならできるだろ。何もしないよりはマシだ

【美甘】
え……? グリーンシャドウ隊って……どうしてここで?

【謙一】
藤間は、去り際に「返してもらう」って云ってたからな
Kenichi
ソレが特変破りの目的であるなら、俺たちが何かを奪ったことになる。
図書館を訪れた時、それから黒田の特変破りの時も「奪われた」のが理由でトラブルになりそうだった。その背景はどちらも同じ……献上制度だ。
Kenichi
確か、献上制度を運転しているのは実質的にグリーンシャドウ隊と聞いた。正直その部隊が何なのかも全然分かっていないのだが……。

【美甘】
なるほど……けど、グリーンシャドウ隊って身元が全然割れてないのに、どうやって接触するんだ?

【謙一】
一応一人、知ってるからな。取りあえず職員室行く。時間的に……そのままGACに直行だな

【美甘】
あ、ウチも一緒に行く……! また栞々菜の時みたいに、何か拗らせてるんなら……知ってはおきたいから

【奏】
危機感すっごいので私も附いていきまーす!

【沙綾】
私興味無いから先観客席行ってるわー。一応観ておいてあげる、リーダーの実力

【情】
そもそもあんな広い会場使う意味もねーだろ

【志穂】
確かになー。いきなりな特変破りだし、観客もそう居ねえわな
Kenichi
相変わらずのまとまりのなさ。特変的様式美ですな。

【謙一】
……さあ、運命の昼休みだぜ
Kenichi
面倒くせえことこの上ないが、今日も働き尽くしてやるか……。
Stage: 職員棟

【クロウス】
……献上された物?
謙一らは手がかりを求めてこの喫煙教師を訪ねていた。

【クロウス】
まあ確かに俺はGSの管理長だから、その辺の情報はネットワーク使えば容易く割り出せるだろうが

【美甘】
謙一、よく知ってたな……GSの情報って全然外に漏れないことで有名なのに

【謙一】
この前禁煙キャンペーン中に禁断症状起こしてるとこに立ち会ってな。何か色々口走ってるのを聞いて確信してた

【美甘】
管理長……

【クロウス】
しかし残念ながら、内部の情報を明かす権限は俺とて持っていない

【謙一】
マジすか。じゃあ誰が持ってるんですかソレ

【クロウス】
ここのトップ
Kenichi
諦めざるを得なかった。

【奏】
でも、何でもいいから武器を手に入れたいよね……その献上品を手に入れられたなら、脅迫材料に使えるかもだし

【美甘】
恐ろしいこと考えるなコイツ……

【謙一】
しかし特変権力を以てしてもGSが教えてくれないんじゃ、その場所を今から発見するのは現実的じゃないな……

【クロウス】
ん? それくらいなら紹介してやってもいいぞ

【謙一】
え? マジっすか? 何で?

【クロウス】
情報にも色々区分がある。理由と云うなら、そういうことだ

【謙一】
……まあ助かります。つっても――
Kenichi
もう俺の自由時間は終わりだが。
もう試合会場へ向かわねば間に合わない時間だった。

【謙一】
俺はタイムアップだ。美甘と奏は、献上品を漁る形で藤間の手がかりを探してくれないか? 何か分かったら……仕方無い、ティーボを使うってことで

【奏】
え? ……ああ、マフパイが作ってきたアプリの!

【謙一】
まさか、“秘密兵器”を出来た数時間後に使う羽目になるとはな……
それは波乱を知る前の平和な朝のことである。

【志穂】
おら全員いるかー?

【謙一】
ん? そういや今朝はまた珍しく寝てなかったな志穂。光雨の時以来か

【謙一】
……嫌な予感がしてきたんだが。今度は一体どんな粗品を押しつけてくるつもりだ?

【光雨】
ぱくぱくぱく(←朝からポテチ)

【志穂】
粗品ゆーなゴラ。しかし今回も有難くおめーらに提供してやるものがある

【奏】
今日は譜已ちゃんとナギパイお休みでーす

【謙一】
ん、そうなのか? 確かに二人とも比較的早めの登校スタイルなのに今日はまだ見てないな……

【謙一】
何か知ってるのか奏? 出席管理も何だかんだで俺担当してるから一応情報は持っておきたいんだが

【奏】
あー……まぁ、体調不良? 可成りしんどいと思うよ譜已ちゃん……

【奏】
んで、ナギパイが今日は譜已ちゃんに付き添ってる感じ

【謙一】
付きっきりにならなきゃならない程、体調を崩したのか……?
Kenichi
昨日は全然そんな様子無かったのに、コレは心配だな……。

【奏】
ホントは私も休もうと思ったんだけど、譜已ちゃんに勉強しなさいって怒られちゃってねー……

【奏】
ナギパイだけズルい~……

【謙一】
まあ凪はもとから優等生だからな。お前と違って2、3日どころか1ヶ月休んだぐらいじゃ全く無問題だろうさ

【謙一】
ということで今日お前は譜已ちゃんに後日ノートを見せてやれ。その為に今日はしっかり勉強してもらおうじゃないか

【奏】
ああ、これも試練か……親友の為だ、オニチクなパイセンに今日は食らい付いてやるー!!

【志穂】
食らい付いてやるのは良いがいい加減本題に戻るぞゴラ

【謙一】
おっと、そういや志穂が何か持ってきたんだったな。できれば光雨の上位互換がいいんだが

【志穂】
昨日、私は気まぐれで最近作ってたモノを確変祭りでジャラジャラと上手くいってな、一気に完成させた

【志穂】
つってもデバッグは充分じゃねえからどう仕上げようか悩んだところでお前ら居ることを思い出してな。附き合え

【謙一】
またそういう系か……
Kenichi
てか確変ってなんだろう。コイツ放課後ほんと何やってんだろう。

【志穂】
おめーら、アルス貸せ。私が支給したヤツだ

【沙綾】
あら、アップデート? Ver.2.0になるの?

【志穂】
ダメイドの研究が進めば割と高頻度でそうしていくつもりだが、今回は違う

【志穂】
……いや、一つ新しいのを入れてるから、進化はさせてるか
志穂は手際良くクラスメイトのアルスを弄り、データを組み込んでいく。

【志穂】
ほら、沙綾確認してみろ

【沙綾】
……あら、ホーム画面に新しいアプリが増えてる。何コレ? 「ティーボ」?
沙綾がアプリを開く。
一同はその画面を覗く。そこに表示されたのは――

【情】
……レイアウトは多少異なるが、これは「」か?

【沙綾】
見慣れた用語もあるし……え、コレつまりパチモン? パチモン作ったの、態々?

【志穂】
蹴るぞゴラ。確かに参考にはしてるが、コレはBOXの上位互換だ

【志穂】
BOXをプライベートに改良し、プライベートに開発した……世間に出すつもりもねえから、実質特変専用のアプリになるだろーな

【志穂】
「T-BOX ver.1.0」略してティーボだ。当然光雨やお前らのアルス……つまり光雨専用の電波に対応している。セキュリティの高い無線通話が可能になるわけだ

【謙一】
無線、通話?

【美甘】
グループ通話なのはBOXだから分かるけど……無線って?

【志穂】
コレだ
再び志穂は一同にブツを配った。
形はワイヤレスイヤホン、しかも片耳分だけだった。大きさでいえば更にそれよりも小さい。

【志穂】
志穂ちゃんお手製のワイヤレスマイクロマイクイヤホン「TB-HG」シリーズ。遂にコレを表舞台に出す時が来たか……くっくっく

【謙一】
お前って開発者キャラだったのか……
Kenichi
日頃の印象から、ただただ寝て食べて暴れる脳カラ野生系女子だとばかり……。

【志穂】
コイツはティーボ専用のイヤホンだ。装着の仕方は少し独特で感触も慣れが必要だろうが、周りからじゃ一見イヤホンしてるようには見えない。ただの耳だ

【沙綾】
ああ、だから無線なんてスパイめいた表現なのねー。敵に気付かれずに仲間と通信を行う。光雨の電波だから拾われることもないし

【謙一】
敵て

【志穂】
ハゲは呆れ顔になってるが、実際コレは需要があった筈だ。私たちの通信手段は一般人同様にアルスだが、ハゲがアルスを持ってなかったからこの辺においてはどうしても敵に劣る

【志穂】
そこで光雨をハゲのアルスとして特変に導入したことで、情報保護力の極めて高いネットワークを手に入れた。……が、まだ敵には劣る。光雨の機能、そしてそれに対応するこっちの技術がまだまだ未開拓だからだ

【謙一】
あー……確かに、このダメイド勝手に俺の側から離れてるし、そうなると俺は手元にアルスが無い状態ってことになるから以前と変わってないのか

【情】
おまけにそのダメイドは矢張り人に安易に見られるべきではない。そう気にする必要はないとは云うが、これほど目立つヤツが目に入れば、敵どもからは脅威として注意されうる

【情】
敵は潰せばいい。故に致命的なデメリットにはならないが、メリットも当然ない。つまり現状のコミュニケーション手段は改善しておくべきだった

【乃乃】
そこに、志穂さんが新しく対策を持ってきた、ってことですね

【志穂】
このTB-HGはお前らレベルの激しい動きでも揺るがない、安定した接続をアルスと維持できるよう工夫してある。それと超簡単なハンズフリー操作も魅力だ

【志穂】
今から私が設定する必要があるが、口で「クラスイン」と云えば消灯していようが構わずアルスで勝手にティーボを起動して、入室する。アルス間との通信可能距離については改善の余地がある……が、まあ現状でもこの教室の何処に置いてても安定して使えるだろうな。“物匣”にアルス入れんなよ?

【謙一】
そろそろ頭がショートしそうだが、取りあえず思いついた質問。俺の光雨は余裕で教室以上の距離開けちゃうんだけど

【光雨】
ぱくぱくぱく(←朝からマシュマロ)

【志穂】
コイツは常に謎電波を発散してる、それも強力にな。取りあえず優海町内だったらお前のTB-HGは正常に機能するだろう

【沙綾】
なるほどねー。機械に疎いリーダーに意見聞かせてあげるけど、コレあるのとないのとでは連絡効率全然違うわよー

【沙綾】
相手にとても気付かれにくいまま通話できる。手を縛られても、相手に気をつければ状況を伝えられる。これから先志穂が通信強度をアップデートしていけば、あえてアルスを何処かに放置することで連絡手段を封じられる心配もなくなるからね

【沙綾】
この先どういう特変破りが起きるか分からないし、全員同じ場所に居合わせてるとは限らない。別々の所で各々の奇襲にあってるかもしれない。そういう時を想像したら有り難みは分かってくるでしょ?

【謙一】
あ、ああ……

【謙一】
となると、次に問題なのは俺がこの……えっと……

【志穂】
TB-HG

【奏】
型名だとつまんないからティーボみたいに何か名付けちゃおうよー。ノノパイ何かない?

【乃乃】

【志穂】
おま、人の苦労の結晶にその名付け方……

【謙一】
……………………
Kenichi
正直、云い得て妙なネーミングじゃないかと思ったけど、それ云うと可成りの確率で志穂にボコられるので静かに感謝していよう。

【謙一】
……ワックスを俺が使いこなせるかが問題になってくるなぁ

【志穂】
………………(←いじけた)

【美甘】
ま、まあ……! 早々コレが必要不可欠になる場面もないと思うし! 今までこの状態で何とかなってきたわけだし

【美甘】
こっそり他のクラスに気付かれないよう、皆で練習すればいいんじゃないか?

【謙一】
まあ、そうだな。まさかいきなり本番で使うわけじゃないし……
Kenichi
その時までに俺がしっかり手足を動かすのと同じくらい自然にワックスとティーボを使いこなせるようにして、特変の秘密兵器にしてやらないとな――

【謙一】
……思えば最後らへんでフラグ乱立させてたかもなぁ
Kenichi
いきなり本番だよ畜生。
会場へと独り歩きながら、取りあえずワックスを左耳に詰めようと苦しむ謙一。
そこに――

【noname】
【???】「何してるの?」

【謙一】
――!?
女子が、話しかけてきた。

【BAKA】
あれ、ビックリさせちゃった? 何かゴメン。結構大胆に近付いてたつもりだったんだけど

【謙一】
いや、俺の方がちょっとボーッとしてただけだから……
Kenichi
あ、危ねえ……! 早速秘密兵器一般クラスの人間にバレるところだったぞ……! 今日ちょっと間抜け過ぎるだろ俺……!

【謙一】
……それで、えっと……?
Kenichi
俺にいきなり話しかけてきた女子は、ナチュラルに俺の知らない人間で。
我が校の制服を着ていることから何処かしらの一般学生ってことになるんだろうが……

【謙一】
この俺にわざわざ話しかけてきた事に何のメリットがあるのやら……

【BAKA】
メリット? なんか、予想外のリアクションの連続……ビックリされたことは兎も角として、いきなりそんなところ気にしてくるなんて

【BAKA】
人を疑ってばっかじゃ人生暗くなるよー
(^_^)v
Kenichi
疑うな、と云いたいのか突然笑顔でピースしてきたこの謎の女子。
果たしてこのミステリアスさとそれが与えてくる嫌な予感は、何なのだろう。

【謙一】
疑いたくなるような毎日を送ってるんだよ。一般学生は勿論のこと、クラスメイトだって信用していいのか分かんないし

【BAKA】
ふーん、クラスメイトのことも? その割には、団体戦形式の特変破りも連戦連勝してるじゃん

【謙一】
観戦してたんだな。だったら話は早いが、アレは個人戦が連なってただけ。皆思い思いにやってただけだ。チームワークなんて微塵も発揮してないさ

【謙一】
……それで、今度はストレートに探るけど、何の目的で俺に話しかけてきたんだ?

【謙一】
そもそも、お前は誰だ?

【BAKA】
そっか、まずは名前名乗らなきゃ、そりゃ不審がるか

【BAKA】
ばっきゅーん、拝田千栄、君たちと同じA等部1年だよー。別に特変を忌み嫌ってはないタイプだから、よろしく
(^O^)v

【謙一】
分かった、それじゃ
謙一は足早にその場を立ち去った。

【千栄】
ちょちょちょちょっとちょっとちょっと
これまた予想外な反応に一瞬呆然とした拝田千栄は追随した。

【千栄】
何で逃げようとするの、自己紹介しただけじゃん! 流石に失礼なんじゃないかなって!!

【謙一】
ごめん……だってもう不審さやら不安感やらが溢れ出てるんだもの……
Kenichi
取りあえず後で沙綾にコイツのこと調べてもらおうかな……
第一印象は視界に入って5秒で作られるが、実際少し会話してみて「あっ俺コイツ苦手だわ」感がより補強されたのだった。これならまだ朧荼と会話してた方がマシかもしれない。

【千栄】
折角こんなに可愛い千栄ちゃんが話しかけてきてるんだから、据え膳食わぬは男の恥でもっとしがみつけばいいと思うんだよねー

【謙一】
たとえ貧乏癖があっても食う物はちゃんと選ぶ主義なんだよ
Kenichi
賞味期限ギリギリの野菜はOKでも、あからさまな毒物は当然NGなわけで。
井澤兄妹は鳴蟬潔飢を心懸ける所存なのだ。

【千栄】
初見で人のこと毒物扱いはもっと酷い気がする
(`ε´)

【謙一】
何故分かった
結局逃げられず、二人でGACへの道を歩く。

【千栄】
私、結構フィーリング? そういうの得意だから。それで生きてきたとも云えるから、相手が何考えてるかとか、50%ぐらいの確率で当たるんだよねー

【謙一】
正解不正解の2通りで考えれば一般人と全く差がないが、まぁ云いたい事は分からないでもない
Kenichi
俺も可成り直感に、過剰なほど助けられてるとこあるしな……。

【謙一】
ていうかそれよりも、このまま俺と会場行くの? 他の学生たちに勘違いされないか?

【千栄】
カップルって?

【謙一】
特変に媚びへつらってる裏切り者って

【千栄】
顔色何一つ変えずに拒否られると、その気がなくてもちょっと心に来るモノあるね
(´・ω・`)

【千栄】
でもまあ、そういうの気にするタイプじゃないし私ー。そんなことより、特変っていう私たちの王様が実際どんだけの実力を持ってるのか、その方が断然気になるし

【謙一】
ほう……?

【千栄】
衒火情くんと二邑牙奏ちゃんはもう既にこれまでの行事の中で、護真術を学園中に知らしめてる。二人ともまだ本気は出してないんだろうけどさ

【千栄】
それから堀田美甘ちゃん、銘乃譜已ちゃんも目立ってはないけど実力者なのが判明してる。秋山志穂ちゃんもだいぶ有名になりつつあるかな

【千栄】
有名さでいえば遠嶋沙綾ちゃんも烏丸凪ちゃんも、あと佐伯乃乃先輩も。じゃあ……

【千栄】
君は、どうなのかな……?

【謙一】
……………………
Kenichi
今までの、おちゃらけた調子が、突然薄くなり……
Kenichi
代わりにコレまで俺がバックに感じてきていた、ミステリアスな香りが、台頭する。
Kenichi
変わらず歩きながら、顔を俺に近付けて……俺を、見詰める。

【千栄】
猛者しかいない、あのクラスで……彼らの頂点に立っている君は、どんな力を秘めているのかな?

【千栄】
君の護真術って、何なのかな――?
Kenichi
「フィーリングで生きてきた」という少女の瞳が、俺を視る。

【千栄】
……だから、今回の特変破りは、私にとっては好都合

【千栄】
君を知る、この上無いかもしれない、良い機会。藤間くんのことは全然知らないけど、感謝しないとねー

【千栄】
ということで、ボコボコにしてほしいんだよねー。それくらいには、本気を出してほしいの。そうでないと、私寂しいからー

【謙一】
……まあ、負けるつもりはないけどさ
Kenichi
ただ、拝田の裏の読めない期待に応えられるかといえば……

【謙一】
当たり前のことだが、俺からすればお前の都合とか希望なんて甚だどうでもいい事であって

【謙一】
好きなようにやらせてもらう。藤間に対しても。お前に対しても

【千栄】
……ま、そうなんだけどさ。あ、着いちゃった……残念
GACは眼前であった。

【千栄】
もうちょっと、話していたかったんだけどね。流石の私も、あの教室に入るのは躊躇われるし、こうやって君一人と会話できるのって多分レアな事なんだよ

【千栄】
……人気者さんだね。大変大変

【謙一】
……?

【千栄】
それじゃ、観客席の方でしずかーに応援してるから頑張ってねー!
(^o^)/~~~
入口の前で千栄は手を振りながら走り去って行った。

【謙一】
…………
Kenichi
感情豊かな少女の言葉。
それに、俺なりのフィーリングが、少なからず反応していた。

【謙一】
人気者――