「特変」結成編2-11「青春とは学業である(2)」
あらすじ
「この世に明瞭な道など存在しないかもしれないが、それなら俺ができるだけ明るく照らす手助けをできれば……」スタジオメッセイのメイン作品『Δ』、「「特変」結成編」2章11節その2。5対5の模擬試験対決が突然開催されたその日の夜も、謙一くんは一番の日課に取り組みます。
↓物語開始↓
Stage: 一般棟5F 空き教室
一般棟の5Fには、クラス教室が存在しない。
寮制度の性質上、在籍学生数が急増することもあり得る為、建てられる時点である程度の教室数の確保が考えられたのである。しかし今年度は盛大に教室数に余裕ができてしまったので、銘乃学園長は特進クラスを6Fに入れて、5Fにクラス教室を配当しないことで孤立化させる案を実施したのである。
ということで5Fは空き教室だらけ。主に能力別コース分け授業や委員会活動・部活動での使用が想定されたが、上のフロアに特変がいるってことで実際にはソレにすら使われない、完全な空き教室ポジションを確立してしまっているのだ。
そんな人気の少ない5Fに、本日放課後は少々意味を持って人が集まっていた。

【謙一】
…………沙綾、どう思う?

【沙綾】
……やられたわねー
特変破り。
昼休みに確定した学力5番勝負において、出場する挑戦側の5人の戦士が特変5人の前に立っていた。

【ゆかり】
……やっぱり、複雑な思いになるね……そこまでヤル気は無いけど、沙綾ちゃんと敵対するっていうんだから……

【謙一】
何で土方が、そこにいるんだ……?

【ゆかり】
いわゆる、借りがあったといいますか……すみません、断れませんでした……

【沙綾】
てっきり上級生で固めてくるかと思ったけど、確かにこの学園の偏差値考えたら、上級生とかあんま関係無いわよね。それよりも、「特進」という新たなラベルに括られた優等生の実力が立ちはだかる方が、ずっと脅威……

【沙綾】
ゆかりは特進ではないけど、確かにこの学園らしからぬ偏差値の持ち主ね。4月に模試を受けたんだっけ? 結果返ってきてるでしょ、どうだった?

【ゆかり】
総合は65止まりかな

【謙一】
だってよ奏

【奏】
カエリタイ
ちなみに特変側の抽選は終わっており、見事二邑牙奏は出場となった。

【美甘】
ウチと奏は負けるの確定だから、実質3人には絶対勝ってもらわないといけないワケだけど……

【美玲】
ご、ごめんね奏ちゃん……それに井澤くんも……

【柚子癒】
……美玲さん、私に隠れないでくれない……?

【目羅】
…………これはもう、実質特進同士の戦いだね

【謙一】
またお前らかよ……

【石黒】
いやいや、主催者は俺ですから! 俺が、この学園で俺以上に実力を持っている人を集めた、その結果がコレというだけだ!!

【沙綾】
そのプライドを簡単に置き去りにするなりふり構わなさ、私結構好きですよ先輩♪

【凪】
……何で貴方がソッチ側に居るのよ。話では謙一の味方を名乗ってるのでしょう?

【美玲】
だって、シュー奢ってくれるって云うから……

【謙一】
理由を聞いて軽く見損なった気分です

【謙一】
九条は? 同じくシューか、それとも金でも貰ったか

【柚子癒】
私を何だと思ってんのよ……食い意地が残念なことになってるのは美玲さんだけよ!

【美玲】
うう……選択の代償……敵味方からの容赦無い罵倒……(泣)

【柚子癒】
元々私は特変と親密なつもりなんて全く無いのよ。寧ろ嫌いな方だし。特変制度ができてから奇襲で返り討ちに遭ってくる奴らで保健室が溢れかえる……(泣)
Kenichi
ああ……それは、何というか、最終的には乃乃が悪いですね……

【柚子癒】
別に積極的に特変を潰したいなんて思ってないけど、どっちかというと邪魔って感じなの。だから、美玲さんとは違って此処に私が立っちゃってるのはそこまで問題じゃない

【柚子癒】
……ま、個々に恨みなんてものも、無いんだけどね

【目羅】
私のことは……以前にも話をした記憶がある。その通りの行動基準でやってるつもりだ

【目羅】
特Bとしてではないが――再度、相対することとしよう。井澤氏

【謙一】
なるほど……もしや今回の特変破り、申請するタイミングを調整したのお前だな小松

【目羅】
……すぐ勘付くのだから、怖い旦那だ。協力を呼びかけられたから、最善を尽くしたまで。まぁ本当に尽くすのはこれからだけど
Kenichi
石黒先輩がリーダー(笑)で、美玲さん、九条、小松、土方……
対して俺たちは――

【謙一】
凪、沙綾。マジで本気出してくれよ

【凪】
調子を変える理由も無いわ。私の平穏は乱れない

【沙綾】
まっ、眠くなかったらねー
Kenichi
美甘と奏が勝てるわけがないので、俺と凪と沙綾が勝たなければならない。実質1人も負けられない、精神的に厳しい戦い。
Kenichi
それはもう、始まる。

【訓舘】
――では、時間になりましたから、皆さん教室に入りましょうか。見ての通り沢山机がありますから、何処を使ってもいいですよ。一応隣接しないようにはしましょうか
試験官担当になってしまった訓舘の誘導で10人が教室に入る。
各々テキトウに座り……そして、中々に分厚い用紙をドサッと受け取る。

【奏】
うわぁー……

【訓舘】
多少説明を。今回の特変破りのルールに従い、今回の為だけに緊急編成された大輪大学入試統一方式センター試験の模擬形式問題を用意させていただきました。当然ですが、問題内容は全員同一のものであり、難易度の設定も本来のセンター試験と同等になるよう調整したつもりです

【訓舘】
とはいえ過去問は、人によっては既に解かれているかもしれませんので、含みませんでした。全て、我々教員が市販の模擬問題を改変して組み込んだ形です。故に問題そのものは初見と云っていいでしょう

【美甘】
終わった……

【目羅】
……試験時間は、この5教科全てで2時間半、ということですが?

【訓舘】
はい。本来の形式であれば言語80分、国語80分、数学・理科・社会いずれも1分野につき60分、と一日かけて行うべきですが、今回の特変破りは石黒さんの提案に従い、取る時間は2時間30分すなわち150分のみです

【訓舘】
どの科目にどれだけの時間を費やしても構いませんし、苦手な科目はいっそ手を付けないという判断も構いません。競うのは、この150分の間に獲得された総合点です

【訓舘】
……この場で対戦相手の決定についても話しておきましょう。特変の皆さんは5人を選定する際に無作為な抽出をさせていただきましたが、それと同様に、明日セントラルホールでの得点開示の直前に挑戦者側の5人に誰を当てるかを抽選で決定いたします

【謙一】
現時点では、誰が相手かが分からない……
Kenichi
しかしソレは大して問題ではない。
分かってるのは奏と美甘が負けるということ。つまり俺たちは一敗も許されないということ。
Kenichi
更に相手はどいつもこいつも強敵なのであり、決して手加減をしている余裕は見せちゃいけないこと。この時間に考えるべきはただ一つ――自分ならどの科目がより得点できるか、だろう。

【訓舘】
では、時間は私の腕時計によって計測いたします。30分経過ごとにアナウンスし、残り10分になったところでも同様に知らせいたします

【訓舘】
……準備は、できましたか

【奏】
できてるわけないし……

【美甘】
ヤバい、シャー芯が残り0.5本だ、コレで何とかなるのかな150分……

【石黒】
ふっふっふ……先輩の威厳、ここぞとばかりに見せつけてやる……!

【ゆかり】
貴方の威厳どころか存在感すら、何もしてないのに薄れてますよ先輩……はぁ、どうしてこんなことに……

【沙綾】
はぁ~ぁ、無作為な抽出ってコレだから嫌なのよね~私案外運悪いし~(←ネサフィ)

【凪】
アルス仕舞いなさいよ

【柚子癒】
どいつもこいつもフリーダム過ぎるでしょ……っ! 一応試験でしょコレ……!

【美玲】
凪ちゃんに当たったらちょっと怖いなぁ……

【目羅】
……………………

【謙一】
……………………

【訓舘】
――解答、始め
Stage: 井澤家

【謙一】
――信義あるものは、美しくない。美しいものに信義はない

【謙一】
善人は議論をしない、議論に長けた者は善人ではない

【謙一】
……人の選ぶ道は、決して融通の利くようにはできていない。その道を選んでおきながら、その道を歩きながら……他の道へと目を遣り、他の道を認識することは、不可能なのかもしれない

【謙一】
自分の選んだ道を歩けば歩くほど、それ以外の道のことは、見えなくなっていく。それを当人が自覚しているかどうかは、また別問題でさ

【謙一】
だからといって道を歩かず全てを見ようとしても……歩いて漸く見えてくる道の先は、分からない。何一つ拾うことができず……ただ止まった自分が目立つだけなんだ

【亜弥】
それでは……人という生き物は、決して他者を理解できるようには、なっていないということになりますか……? それは、これまで兄さんが与えてくださいました道徳類の教科書の教えに、反発する新たな教えになります

【謙一】
そうかもしれない。抑も教科書ってのは、ソレを編纂した人たちの思想だとか、その人たちに指示をした組織の思惑だとか、結局は他者が作り上げたものでしかない。一つの道を選択し、歩いていった者たちの見解がまとめられているに過ぎない

【謙一】
それは、言葉の表には見えてこない、闇かもしれない……亜弥は見なくてもいいものかもしれない、俺はそう思ってるが……そう思う俺も、亜弥からすれば他者でしかない

【謙一】
真っ当な言葉で語れるとするならば、それはおよそ一つの道でしかあり得ない。だから、道を進むこと……他者が理解できなくてもいいから、自分を理解して追求していくこと。時に他者が自分の生き方を否定しにかかるかもしれない、が……それは屈する必要のない戦いであり、自分の信じ抜く理想の為に歩き続ければいい

【謙一】
聖人さんなら、サッと他人を救いつつ自分の道を突き進むんだろうが、ただの人間がどこまでソレをできるか。俺たちに迫られるのはたいてい、二者択一なんだよ

【謙一】
知る者は博からず――だが決して、世界が狭くなっていくことは意味してない。他者がいる限り、世界の広さは自明となる。結局はそいつらとの附き合い方が大事になるんだろうなぁ……

【謙一】
はぁ……俺アイツらと一緒に過ごしてて今どんな道に迷い込んでるんだろ……

【亜弥】
突然兄さんが落ち込んでしまいました……
Kenichi
故事1つ訊かれてこんなに語っちゃってる俺マジ恥ずかしい。マジ浅はかですわ、迷子ですわ。

【謙一】
俺に与えられた仕事は、奴らとぶつかっていくこと。そうすることで、奴らをひとまとまりにし、最強のクラスとして学園に君臨し続けること……
Kenichi
アイツらは……各々の道を、突き進んでるんだと思う。本来、議論をぶつけていっても意味の無い人種。
にも関わらず、そいつらを一つの場所に括り付けて、調律することの意味が何処にあるのだろうか。
Kenichi
特変の対峙する学びとは、既存ではない。事ある毎に未知、一寸先は総て闇……各々の道を据え置いて、9人は同一の道を進もうとしている……?
では、今、俺たちはどの道に居るんだ……? 真っ直ぐ道を進んできたというのか? 蛇行しているのか?
Kenichi
振り返ったところで、よく分からない。一度見た足下。それは少し距離が離れれば当然の如く闇に溶け込み、何処にあったかもう分からない。

【謙一】
俺だけが、迷子と認識してるのか
Kenichi
アイツらが俺みたいに悩んでるとは全然思えないもんなぁ……だいたいコレは管理職特有の認識なのかもしれないし。
Kenichi
……ただ、俺だって、井澤謙一。この家の長男であり、亜弥の兄なのだ。俺にとっては管理職よりもコレが間違いなく大事なのであり――

【謙一】
――亜弥は、俺みたいにはならないでな
Kenichi
この子には、もっと明るい道を歩いてもらいたい。
この世に明瞭な道など存在しないかもしれないが、それなら俺ができるだけ明るく照らす手助けをできれば……いや、厳密には、亜弥が道を出発する前に、俺の手が届くまでに、亜弥自身に明かりを持たせることができれば――

【亜弥】
私は、兄さんを理解したいです

【亜弥】
兄さんと……一緒に、居たいです……💕

【謙一】
……………………
Kenichi
――問題は盛りだくさんです。