「特変」結成編2-10「青春とは存在確立である(5)」
あらすじ
「――ただただ私は、核弾頭であることを、お忘れではないですね?」スタジオメッセイのメイン作品『Δ』、「「特変」結成編」2章10節その5。料理対決もクライマックス。佐伯乃乃とは何者であるのか――? そんな問いは兎も角として、食堂が阿鼻叫喚に包まれます。
↓物語開始↓

【乃乃】
すっごく熱いので、ご注意を
調理委員によって、佐伯乃乃の品が運ばれていく。
それは、同じく鉄板。
そして見た瞬間どんなメニューなのかが一気に予想されるビジュアル。

【美甘】
お、おお……!! これは――

【沙綾】
包み焼きハンバーグ、ってやつね

【乃乃】
ハンバーグだけでは見栄えが暗いので、にんじん、ブロッコリー、エビフライをアルミ周りに付け加えてみました

【謙一】
……?
Kenichi
何だ、このエビフライ……随分と長い上に……
昨日とは違って、何だか形ががさつじゃないか……?

【乃乃】
食べる順番は指定しません。皆さん、ご自由に……

【乃乃】
枢奈さん、貴方にも。どうぞ1人前分です

【鮭沢】
……いただくわ
Suna
思った以上に普通のメニュー……
拍子抜け、ていうのが正直なところだけど、まぁテロを起こされるよりはずっとマシか……。
Suna
果たして、井澤以上の料理を。
そして私以上の料理を、佐伯、アンタは作ったのかしら――直接、この私が審査してあげる!!
恐らくこのメニューで一番楽しい瞬間というのは、中身を包み隠すアルミを、ナイフとフォークで破り分ける時であろう。
しかし作った料理人は、核弾頭佐伯乃乃。
開けた中に爆弾が仕込まれていたら……? そんな謎の恐怖が、御開帳を任された者を襲う。

【奏】
ケンパイ、お願い!

【凪】
取りあえず離れておきましょうか、譜已

【譜已】
は、はい……

【志穂】
南無

【謙一】
くっそ、極めて自然な流れで俺が担当する羽目にっ……!

【鮭沢】
…………
こういうとき、赤信号は皆で渡れば怖くない的な共同精神が働くのかもしれない。覚悟を決める時、踏み越える時は皆一緒に……そういう空気が形成されていた。
何の打ち合わせもしてないのに、担当したものは他の担当したものと息を合わせ――

【覚悟】
「「「――せーのっ!!!」」」
50人前分のアルミは全てほぼ同時に破かれたのである。

【鮭沢】
ッ――!!

【謙一】
こ、コレはぁあ――!!
そのできた隙間から、ずっと閉じ込められていた、肉の香りが外へと噴出する!
そうして刹那にして、この中身は、自分たちが食べたい物なんだと確信するのである。
Suna
何、今感じた、この……異物感……?
Kenichi
……間違いなく乃乃は、何か、仕掛けを作っている……。
それも昨日とは異なる、完全初見の、何か――!
漸く試食が開始される。
皆、云われた通り好きな順番で――

【春日山】
な――何だ、このとんでもなく、甘くてさっぱりと仕上がったにんじんは……!?

【美玲】
ソースもかけてないのに、ブロッコリー、美味しい……! あ、でもソースかけてもやっぱり美味しい~♪

【奏】
エビフライいただきまーす! うわ、昨日とは違って溶けないけど、何か食感が楽しい気がする!

【雪南】
……食感が楽しいってなんだろう? 奏ちゃん、この俺にもそのエビフライを――(←顔面跳び膝蹴り)
しかし最も注目を浴びるのは矢張り中身の、ただ一つ大きく存在するハンバーグ。
ナイフで切り分けると、チーズなども入っておらず、特に肉以外の具材が混ざってるわけでもなかった。
……が――

【凪】
な――

【譜已】
ふ……ふわあぁああああああ~~~……!!?

【情】
ッ――ぐ――おぉおおおおおおおおお……!!!
その味は、口にした者全員を、絶句させるか叫ばせていた。

【奏】
や、やっべええぇえええええこのハンバーグ滅茶苦茶美味ええぇええええ……!!! とろけるぅううううううう……!!!

【美甘】
あれ、ヤバい……腰抜けた……

【沙綾】
……………………ヤバい、頭何でか真っ白になった。真っ白かどうかは分からないけど何かしら一色になった……

【志穂】
おいおいおい……コレはこの世の食べ物なのかぁ――私は今までこんなハンバーグあるなんて知らなかったぞ――
疑う余地もなく、完全に美味であることが人々本気のリアクションで証明される。

【謙一】
……何だ……
Kenichi
コレは、何だ――?

【鮭沢】
ッ――さ、佐伯……!! アンタ、一体、どんな工夫をしたらこんなっ、こんなハンバーグが――

【乃乃】
その前に、実はエビフライが結構余ってるんですよね。食べられなかった方の中で、もし興味がお有りならば30名ほど提供できますが如何しますか?
熾烈な競争が始まった。

【黒田】
う……美味えぇええええええええ!!! 佐伯の料理なんか認めたくねえけど、絶対親父の焼くハンバーグよりも美味ええぇええええ……!!!

【夏裟花】
おお……エビフライも、何か味わったことのない食感というか……ソースを付けるとこれまた

【乃乃】
……………………
Nono
……こんなに沢山の人に料理を振る舞ったのは、初めてですね。
変な感覚です、私、今ちゃんと立っているのでしょうか。これは現実でしょうか。
Nono
……現実を、見なければ。
そう。
私は。
Nono
私は――

【乃乃】
――核弾頭
盛況のムードが、その一言によって、だんだんと静まりかえっていく。

【乃乃】
……皆さん、まさか、お忘れではないですね?

【乃乃】
この佐伯乃乃の二つ名を。私は譜已さんのように良心的な女の子ではありません。謙一さんや枢奈さんのように技術と熱意を持ったコックでもありません

【乃乃】
――ただただ私は、核弾頭であることを、お忘れではないですね?

【謙一】
…………乃乃……?
Kenichi
乃乃が――笑った。

【乃乃】
さあ……お待たせ致しました、枢奈さん
Kenichi
ニヤリ、と――

【乃乃】
ネタばらしの、お時間です
空気は、完全に変わった。
それは直近でいえば、アルミホイルを破る前のような、緊張感。

【乃乃】
皆さん、ハンバーグに特にご執心のようでしたが……その理由は何でしょう? 上手に焼けているから? 何か具材が混ざっているから? 隠し味?

【乃乃】
……そのどれも、私は違うと思っています。そして、ただ一つの理由であると確信しています。それはすなわち――

【乃乃】
――何かが違うから、でしょう

【鮭沢】
ッ――!!
Suna
そう、そうだ……このハンバーグを食べて、真っ先に抱いた、違和感……
このハンバーグは、何で出来ている――?

【謙一】
乃乃、お前一体……何の肉を、使った……?

【謙一】
コレは完全に直感だが、これは牛肉でも、豚肉でもない……鶏でも馬でもない……じゃあ、一体何の肉なんだ――!?

【奏】
へっ……!? に、肉が、謎ってこと……!? 謎肉!?

【乃乃】
……その通りです。これは、一般的なお肉を使っていません。ここで一つ、皆さんにこの猛暑の最近を思い出していただきたいのですが

【栞々菜】
え、猛暑……? まあ、暑いですよね6月なのに……

【栞々菜】
あまりに暑くてセミも鳴いちゃってますもん! み~~~~んって!

【謙一】
……………………
Kenichi
……………………。
……………………。
……………………。
Kenichi
セミ――?

【沙綾】
あら、何処行ってたの? 乃乃、そんな汗だくになって……まさか外行ってたの?

【乃乃】
ちょっと調達を

【奏】
ち、調達……今度は私たちに一体何の苦悶を……(怯)

【乃乃】
別に、何かするつもりはありませんよ……今は

【奏】
今は!? い、いつか、その明らかに怪しい袋の中身で一体何をするつもりなのかなノノパイ!!?

【乃乃】
大したものではないです。ちょっと思い至って料理をするのですが、その原材料ですかね

【謙一】
? へえ、お前料理するんだ。個人的にソレは興味あるわ、何集めたんだよ?

【乃乃】
見てみますか?
乃乃は厳重に縛っていた口を開放した。
虫の死骸がめちゃ集められていた

【女性陣】
「「「ぎゃあぁああああああああああ!!」」」

【謙一】
思ってたのと違う!!

【乃乃】
今、どうにも優海町にはユウミヒナミツゼミが早期、しかも多量発生していると聞くではありませんか。どうしてそんな名前が付いたかはハッキリされていませんが、名前からしてきっと蜜が詰まっているんですよ……!

【乃乃】
ということで調べる為に、落ちてた死骸を回収してきました

【謙一】
ま、ままま、まっさかオマエ……!!?

【乃乃】
――どうやら謙一さんは、理解したようですね。私が使った食材は、ただ一つ――

【乃乃】
ユウミヒナミツゼミの贅肉だけなのです!!
……………………。
……………………。
……………………。

【皆】
「「「セミ??」」」
皆、まだ現実が把握できてないのである。

【乃乃】
異常気象のせいか、優海町に多量発生し、多量に死骸が転がっている優海町特有のセミ……ユウミヒナミツゼミ。名前からしてきっと美味しいぞと思い至って、最近は暇を見つけては死骸を沢山集めてまして

【乃乃】
セミには腹の中に贅肉が少しだけありまして、それを焼いて食べると結構美味なんですよ。そこでユウミヒナミツゼミのお肉も調べてみましたら……ビンゴです。ここに名前の由来がありました

【乃乃】
極上の蜜のような甘さと柔らかさを持ったこのお肉、普通に料理に使えるぞと考えました。するとそのタイミングで転がってきたのは、料理勝負という特変破り。何だかんだで私も出ることになり、会場にはこれだけのお客様……

【乃乃】
もしかしたらと思い一応今まで集めた全てのセミを持ってきておいて正解でした。テーマはハンバーグ――肉料理! このユウミヒナミツゼミの期間限定な美味しさを、皆さんと共☆有できる機会なのですから!!

【奏】
な、な、ななな何を、云ってるのかなさっきからノノパイは……

【奏】
この肉が、セミ、なわけ、ないじゃんか……あはは――

【乃乃】
因みにですが、贅肉は一匹にはごく一部しかありません。ユウミヒナミツゼミは一般的なセミと比べれば結構量があったのですが、50人分作るとなると矢張り夥しい数のセミを屠る必要がありまして、それで時間がかかってしまいました。それと……

【乃乃】
ただお肉を取り出しただけでは、セミさんが勿体ないので――しっかり有効利用させてもらいました

【シア】
……有効……利用……?

【謙一】
ッ――まさか――!?
Kenichi
こ、このヤケに歪な形をしてた、エビフライって――!!
何か余りに余ってたエビフライって!?

【乃乃】
――パン粉に、羽と贅肉を除いたユウミヒナミツゼミの身体を混ぜました! 推定、1本のエビフライにつき15匹ぐらいは!! すなわち!!

【乃乃】
コレはもうエビフライというよりセミのかき揚げだったんです!!

【夏裟花】
な――

【奏】
なあぁあああああにいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――!?!?
会場、遂に阿鼻叫喚の地獄絵図へと突入!!

【謙一】
結局テロかましてるじゃねえか!!? お前、何でッ――!!

【乃乃】
何を仰いますか、謙一さん。私は、全力を挙げて、この料理を完成させたんです

【乃乃】
すべて死亡していたセミでしたが、少なくとも5人分のハンバーグを作るのだけでも一体どれだけのセミの羽を捥ぎ、胴体を抉ったとお思いですか。私は一体どれだけの生命を焼き、揚げたとお思いですか

【乃乃】
滅茶苦茶真剣に作り上げたんですよ、もう腰痛いです、帰りたいです。それに……

【乃乃】
美味しかったことは、皆さん、認めてますよね?

【鮭沢】
ッ――こ……コイツ――

【乃乃】
もう……枢奈さんの料理を覚えている方は、居ません。全て私のハンバーグが、ユウミヒナミツゼミというゲテモノ食材が覆しました

【乃乃】
貴方とて完食してくれました。皆さん全て食べてくれました。作った当人としては、これ以上の喜びはありませんね(ニヤニヤ)

【奏】
……………………👼

【譜已】
そ、奏ちゃん、しっかりして奏ちゃん!? 大丈夫、奏ちゃーーん……!!

【志穂】
……帰るわ……

【沙綾】
かーくん……私も先帰ってる……

【夏裟花】
ま、お、俺も帰るぅおえぇええええ……

【美玲】
ぶ、ブロッコリーは!? ブロッコリーとにんじんは!?

【乃乃】
ソレは流石に普通の野菜たちです、ユウミヒナミツゼミの特有の甘さに合わせて塩甘に仕上げておきました

【美玲】
よかったぁああああああああ(泣)

【乃乃】
……という感じなので、さあ、審査員の25人の方々

【乃乃】
「どちらがより美味しかったか」の一点で、判定をお願いします――!

【鮭沢】
…………嘘、でしょ……
Suna
嘘でしょ――?
相手は特変……井澤がそうだったように、料理が可成り上手な奴がいて、それで私が負けるようなことがあっても、それは別に構わなかった。悔しいだろうけど、そうなったら次は勝てるように努力すればいいだけの話だと……
Suna
けど、こんなの……
Suna
こんなのッ――!!

【乃乃】
……食堂、ますます出禁になりそうですね
4対21

【乃乃】
すみません、枢奈さん。これが、私――

【乃乃】
核弾頭・佐伯乃乃、全力のやり口でございます

【鮭沢】
こんな……負け方が……――
お気楽だった筈の特変破りは、とんでもなく爪痕を残すような結末を迎えた。

【謙一】
…………(←胃薬)

【美甘】
ああ、結局今日も謙一は胃薬を飲んでしまった……てかウチも飲みたい……
Kenichi
……えっと……
取りあえず……

【謙一】
その、鮭沢、さん……?

【鮭沢】
……………………
無言で鮭沢枢奈は、スカートポケットから主原因を取り出した。
そして自分を気まずそうに見下げる謙一へと手を伸ばした。

【謙一】
……ありがと。その……正直、何て言葉を出せばいいのか、俺にも分かんない

【鮭沢】
いいわよ、別に……少なくともアンタは、何も悪いこと、してないでしょ……大切な物を利用して、悪かったわね。ごめんなさい

【謙一】
……お前は、全て約束を守ったというのに、俺は……ちょっと、疑問が残るな。果たして乃乃が、本気を出したのか……いや、乃乃的には本気出してたんだろうけど、種類がな……

【鮭沢】
……井澤!!
枢奈は立ち上がった。

【鮭沢】
私、佐伯が嫌い。たった今、嫌いになった。気にくわない

【謙一】
……すみません……
Kenichi
もう謝るしかできねえわ……

【鮭沢】
だから……また挑むわ

【謙一】
え――?

【鮭沢】
リベンジってやつよ。佐伯に、私は必ずリベンジを果たす。こんな、終わり方だけは、絶対納得してたまるか!!

【鮭沢】
……それと、調理場の片付け、佐伯と一緒に手伝いなさい。それでアンタの心残りも、チャラってことにする

【謙一】
鮭沢……

【謙一】
ありがと……お前、強い奴だなホント

【鮭沢】
……………………
Suna
そんな私を、打ち負かしたアンタの――

【乃乃】
……奏さん、意識戻りませんね……うぅむ、ちょっとは日常的な罰ゲームで耐性ついたかと思ってたんですが――

【譜已】
…………

【乃乃】
あれ……譜已さんに不自然な距離を開けられました、もしかしてもしかしなくても盛大に嫌われましたか私――?

【情】
寧ろ嫌われない理由がねえだろテメエ
Suna
――その強さは、認めてたまるものですか。

【四谷】
……………………

【謙一】
……もっとセミの残骸云々で悲惨な現場だと思ってたんだが

【乃乃】
調理場は常に綺麗を保つべきでしょう

【謙一】
その辺しっかりしてるのになぁ……ホント、残念だよお前……

【乃乃】
そんな悲しい声を出されなくても
Kenichi
鮭沢のご厚意通り、俺らは調理場の清掃(自分たちが使ったところだけ)に入った。
……まだ食堂は多少の盛り上がり(盛り下がりとも云う)を見せているが、特変破りはしっかり終わった。鮭沢らがその辺を仕切ってくれているのだろう。

【謙一】
初見の時は巫山戯んなって思ったけど、こうして勝負を通して鮭沢は中々良い奴なのが判明したなぁ。思えば悪いのは俺の方だったろうし、それを注意してくれたんだよなぁ

【謙一】
純粋に夢と野望に直向きな学生なんだなぁ。尊敬するわホント。マジで今度お詫びも兼ねて完全食丼シリーズプレゼンしにいこ。ベジタブル丼シリーズでもいいな……

【乃乃】
……謙一さんは、何か夢とかはあるんですか?

【謙一】
ん? そーだなぁ……
食堂と違って静かな調理場で、2人だけの空間で2人は会話しながら後片付けを進める。

【謙一】
鮭沢みたいに一生涯を懸ける夢は無いかな。けど、今まさに特変管理職となって、現実味が増してきた夢ならある

【謙一】
そういう意味では、俺も結構走ってるってことだな

【乃乃】
……そうなんですか

【謙一】
お前は、何かあるのか?

【乃乃】
私、ですか?

【謙一】
人に将来の夢を訊いたんだ。自分に返ってくることぐらい予測できるだろ

【乃乃】
それもそうですね。しかし……特にありません。全然、考えたこと、無いです

【乃乃】
私は目先のことで、精一杯ですよ。謙一さんとは違って、私は視野が狭いんです

【謙一】
……………………

【乃乃】
む……何ですか、その沈黙と眼は。もしや、「嫌がらせ王になる」とかそんな感じの夢を持ってるのだと予想されてたのですか?

【乃乃】
私もそこまで莫迦ではありませぬ。今日みたいなことを社会に出てやっていたら即座に捕まるではありませんか

【謙一】
いや、学校でもあんなのやったら捕まるからな、この学校だから何とかなってるんだからな? ついでに云うと俺が謝罪とフォロー回してるからギリギリ事なきを得てるんだからな?

【謙一】
別にお前を莫迦にしてるわけじゃなくてさ……そうじゃなくて、視野は狭くないと思うぜ。寧ろお前は俺よりも周りを見てるんじゃないかって

【乃乃】
――え?

【謙一】
昨日のナポリタン擬きの気遣いは純粋に感心したんだよ。それに、今日の、あの天ぷらの大拡散……できるだけ客を巻き込んで、かつ時間を稼ぐことでおおかた完食させたところでネタばらして最大レベルの攻撃を行った。同時にセミの身体を殆ど余すことなく使って粗末を最大限抑えた……

【謙一】
これらは全部、自分のやりたいことだけじゃなくて、それによって何が起こるかを隅々まで想定する視野があって初めて成功する。お前は俺と違って、器用な思考を持っている

【謙一】
嫌がらせには一見関係無い野菜類にも味付け徹底的に配慮してたみたいだし、お前相当料理慣れしてるだろ
Kenichi
……いや、料理慣れなんてもんじゃない。今日は巫山戯まくってたが、昨日見せた技術は――

【乃乃】
……謙一さん

【謙一】
ん?

【乃乃】
この話題、もう止めにしませんか? 私、あんまり、好きじゃないです

【謙一】
……勝手な奴め
Kenichi
けど嫌がってるものを強要する性格でもない。乃乃はどうやら、自分の料理についての話題が嫌らしい……変なの。
Kenichi
……そういえば。

【乃乃】
――核弾頭

【乃乃】
……皆さん、まさか、お忘れではないですね?

【乃乃】
この佐伯乃乃の二つ名を。私は譜已さんのように良心的な女の子ではありません。謙一さんや枢奈さんのように技術と熱意を持ったコックでもありません

【乃乃】
――ただただ私は、核弾頭であることを、お忘れではないですね?
Kenichi
アレは、どういう意味だったのだろう。
Kenichi
あそこで僅かに感じた、気迫は……

【謙一】
……核弾頭って、何なんだろう

【乃乃】
――謙一さん?
Kenichi
また、余計なものが口から漏れていたらしい。

【謙一】
いや、何でもない。乃乃が関わると俺は甚だ疲れるって法則を再確認しただけだ

【乃乃】
……謙一さんは、辛い、ですか?

【謙一】
2ヶ月前から辛いし。つまりは今更な確認だな

【謙一】
間違っても抑え込もうとはすんなよ。お前はお前の打った釘に忠実に、自由にやればいい。そうして何か新たな問題が起きたなら、その時考えればいいし、そうしていくしかない

【謙一】
俺も、自由にやらせてもらってるしな

【乃乃】
謙一さんが打った釘なんて、名前で呼ぶってだけじゃないですか

【謙一】
まあなー
Kenichi
……………………。

【乃乃】
…………

【謙一】
…………
Kenichi
ここで、会話が途切れる。単なるネタ切れなわけだが、ますます調理場の静けさが目立ち、無駄に気まずさに襲われる。
Kenichi
……大方、片付いて誰かしら調理委員にチェックお願いしようかな、と思ってたその時。

【乃乃】
謙一さん
Kenichi
彼女は、最後の話題を、短く俺にぶつけたのだった。

【謙一】
なに?

【乃乃】
……その……

【乃乃】
いつも……ありがとうございます……