「特変」結成編2-10「青春とは存在確立である(4)」
あらすじ
「調理委員最大の現場慣れ、作られた余裕から籠められる精密な味付け……思ってた以上に、強敵じゃねえか――!」スタジオメッセイのメイン作品『Δ』、「「特変」結成編」2章10節その4。料理対決大将戦・鮭沢枢奈と相対するは核弾頭佐伯乃乃! 調理場のヌシの本気の料理が食堂に炸裂します!
↓物語開始↓

【鮭沢】
テーマは――ハンバーグ!!

【腹ぺこ】
「「「うおぉおおおおおおおおおおおお!!!」」」
会場は、一番の盛り上がりを見せていた。

【美甘】
やっぱり皆、ハンバーグは好きだよな……!

【奏】
……ハンバーグ、か……

【譜已】
そうだ、乃乃先輩が昨日、オムライスでやったことって……

【謙一】
少なくとも、使える武器はあるってことだ

【乃乃】
……………………
Kenichi
……だが、乃乃は何やら考えているようだった。
この調理場のヌシ――鮭沢枢奈を越える為の、一策。
Kenichi
果たして乃乃は、それを持っているのか。

【鮭沢】
それじゃ、30分後また、会いましょう!! ……期待は、裏切らないわよ

【腹ぺこ】
「「「いええぇええええええええい!!!」」」
2人が、調理場へ入っていく……

【謙一】
――乃乃

【乃乃】
? 何でしょうか、謙一さん?

【謙一】
行ってこい……刃を持て

【乃乃】
…………なるほど、今日は私が主役ということですか

【乃乃】
――ぶっ壊します。ぜひぜひ、お楽しみに(ニヤリ)
Kenichi
……乃乃は、特に焦る様子もなく、入っていた。
つまり――ちゃんと、闘える策が、あるってことだな……。

【情】
…………おい、ハゲ

【謙一】
ハゲてねえ。何だ?

【情】
俺が今ここに来ている目的はただ一つ。真実を確かめるためだ

【情】
……あの鬼畜が、本当に料理なんてものをできるのか否か、それを俺の目で確かめるためだ
Kenichi
……ああ、情にとっても意外だったんだな……。
朝の教室でメンバー発表した時、確かに絶句してたもんな。本気で行かなきゃいけない特変破りで、どうして佐伯乃乃を出すことになったのか……。
Kenichi
毎日、情を苦しめている珍しい要因なアイツが、まさか普通に料理できるだなんて軽く信じがたい現象なのだろう。俺だって未だにアレは幻だったんじゃないかと疑ってるくらいだもん。しかも毎日アイツの昼食って、コンビニ弁当ですし。

【奏】
ジョーパイの疑問はごもっともですよねー……

【凪】
腹立たしいわ
Kenichi
そう、あの場にいた誰もが幻を疑い……
それでも、確かに美味かったと認めている。しかも――

【乃乃】
――お口に合えば

【奏】
な……何じゃこりゃあぁあああ!?

【廿栗木】
……普通に……美味そうじゃね……?

【栞々菜】
ふわ~~~み、見てるだけで、涎がナイアガラです……
Kenichi
……コイツは……

【謙一】
おまっ、この天ぷら……どうやって作った――?

【乃乃】
普通に作っただけですけど
Kenichi
口に入れた瞬間、刹那のサクッという音は矢張り刹那で、次に口に拡がるのは溶けていく快感。
普通の天ぷらならもうちょっと食感を楽しむべきなのだが、コイツは絶対普通じゃない、コンセプトが違いすぎる……
この天ぷらは、芋も海老もかき揚げも、下手すれば飲める――!!

【栞々菜】
え、えぇえええ……!? 栞々菜、もう、口の中無くなっちゃいましたよ……!?

【美甘】
ち、違う……今までウチの食べてきた天ぷらのどれとも被らない……
Kenichi
動揺しながら、全員次なるオムライスに手を付ける。
ところが、一番乗りの三重がスプーンで卵を押した瞬間――

【栞々菜】
え――

【謙一】
……!!
Kenichi
破れた……
正直見た目で見当はついてたけど、殆ど力を加えずに、卵は破れてしまった……!!

【謙一】
何だよ、この半熟具合――
Kenichi
そして、気付く。
このオムライス――

【乃乃】
コレは、ちょっと皆さんと被りすぎる気がしたので、アレンジを加えさせていただきました

【乃乃】
卵は、3層に分けて中身をとじました。真ん中を普通に固体に仕上げ、その外壁をとろっとろの半熟にすることで、皆さん大好きなとろとろ感と切り分ける楽しみを両立させてみました。そして――

【奏】
は――はああぁあああああああ……!!?

【凪】
な……何で、ご飯が無いのよ……

【乃乃】
――ありますよ。コレが私の用意した、中身です

【音々】
ど、どどどどう見ても、コレ……ハンバーグじゃん……!
Kenichi
――食べる前から快感を余すことなく刺激してくる卵の中に入っていたのは、ハンバーグ。小型で沢山敷き詰められた、可愛らしいハンバーグが卵とデミグラスソースで俺たちに姿を見せたのだ!!

【夏裟花】
これ、もうオムライスと別の料理なんじゃ――(←ハンバーグ実食)

【夏裟花】
!?!?!?

【黒田】
ハンバーグは無論好きだぜー(←ハンバーグ実食)

【黒田】
!?!?!?
Kenichi
食べた者たちが、次々と驚きで噛むことすら忘れる。
……それを見ていた俺は、当然の如く気付く。

【謙一】
そうか……ハンバーグの中に、ライスを仕込んでいたのか……!

【乃乃】
なんちゃってハンバーグライス。ハンバーグなのは見た目、というか外壁だけで、中身は特に味を加えてない白米です。しかしガッツリとソースで味付けされたハンバーグとその濃さを緩和し別の食感を混ぜる卵、一緒に食べればきっと楽しいですよ

【美甘】
何だ、このオムライスのワンダーランドっぷりは――!? どうなってんだ……!?
Kenichi
全員がオムライスの楽しさと美味さに呑み込まれてる中……俺は、最後の品に手を出す。

【謙一】
乃乃――コレは、何だ――?

【乃乃】
? ああ、はい。ナポリタンですが

【謙一】
ナポリタン……か……?
Kenichi
茹でられた麺が大皿に盛られ、その周りに、人数分の小皿……というか茶碗だなコレ。
茶碗には、随分と透明度の高いトマトケチャップソースと具材――比較的大きく切り分けられたピーマンやベーコン、玉ねぎなどが混ぜられていた。
この様式は、スパゲッティというよりも、つけ麺じゃないか――?

【謙一】
……いただきます
……………………。

【謙一】
いややっぱりつけ麺ですって!

【沙綾】
え、ちょ、何よコレ!? フォークじゃなくて箸でも全然イケそうなナポリタン……!! てかそうめん?

【沙綾】
……………………

【沙綾】
ナポリタンらしからぬさっぱり感……いわゆる和の文化を感じるのだわ……

【乃乃】
だって私が作ったオムライスは凄く濃いじゃないですか。そこに普通の様式のナポリタンを出すと、流石に皆さんも飽きがくると思いまして

【乃乃】
さっぱりと食べやすいようにアレンジしてみました。トマトが基調ですが、謙一さんのツッコミ通り麺汁も入れて液体感を重視しました

【乃乃】
確かにナポリタンらしからぬ一品にはなっていますが、ナポリタンというのは一般的には茹でたスパゲティに具材を加えトマトケチャップを絡めたものを云うらしいので、ちゃんとコレはナポリタンですよ
Kenichi
ガッツリな試食会で疲れが出てきてる俺たちを考慮しての、大胆なアレンジか……正直俺はそこまで頭が回っていなかった。
最後尾として登場した乃乃が、満腹感による審査障害を乗り越える為の飽きさせない工夫を、実際俺たちと全く変わらない調理時間でこなした。天ぷらからも料理技術そのものだって非常に高いことが分かる――!

【謙一】
嘘だろ……お前、料理できたのか……

【乃乃】
一体この2ヶ月だけでもどれだけ罰ゲームでクッキングしてきたとお思いですか

【沙綾】
あ、アレは料理っていうか兵器にしか見えなかったし……
Kenichi
……消去法からしても、確定だ。
Kenichi
メンバーが決まった――

【謙一】
――ってことがあったんだ……

【情】
……上質なものを作れるにも関わらず、俺に振る舞われるのは最低な創作料理ばかりか。益々殺意が湧いてきた

【雪南】
……大は小を兼ねる、ね

【美玲】
――? 朧荼くん、何か知ってるの? あ、でも朧荼くんだからどうせ調べまくってるのか……

【雪南】
いや、乃乃ちゃんのことは正直、あまり知らない。何故か、この学園で調べても何も出てこないんだ
Yukina
……出てくるのは、「核弾頭」のみ。

【美甘】
しっかし、ハンバーグとなれば、昨日乃乃が出してきたオムライスの、ライスハンバーグ……!! アレでも充分闘えるだろ!

【謙一】
……だろうな

【志穂】
何か言葉が濁ってるな。心配事かハゲ

【謙一】
ハゲてねえ。いや、何だろうな……乃乃の奴、考えてたんだ

【謙一】
ハンバーグとお題が判明して、アイツは深く考え込んでいた。もし昨日ので行けるって思ってるなら、そんな仕草は見せないんじゃないかって

【志穂】
……つまり、昨日お前らに披露したのとは別のを作るつもりってか

【奏】
だったら、もっと凄いの来るかも! 何か楽しみー!

【謙一】
……楽しみ、か……
Kenichi
そういえばさっき、アイツ――

【乃乃】
――ぶっ壊します。ぜひぜひ、お楽しみに(ニヤリ)
Kenichi
――ニヤリって……。

【謙一】
…………何か、怖くなってきた。嫌な予感が突然……

【美甘】
心配性だなー……

【美玲】
そんなに美味しいんだったら、今度は私も食べてみたいなー♪
Kenichi
ああ……ヤバい――
もしかして、アイツ……このことも見越して、昨日はあんな真面目なものを……?
Kenichi
だとしたら次に、アイツが披露するモノは――

【???】
枢奈……

【???】
全部、お姉ちゃんに任せて。枢奈は何も考えなくていいの。心配しなくていいの

【???】
お姉ちゃんが枢奈を護ってあげるから――
Suna
――最初の動機は、何かもう、覚えていない。
Suna
私はただ一生懸命に、料理を究めようと闘ってきて……そのことに必死で……
過去は、どうでもよくなった。
Suna
だって最初がどんなだったとしても、その時私が見据えた筈のゴールに、いつか辿り着きさえすれば――最初の私の思いは報われるのだと信じているから。
Suna
鮭沢枢奈は、料理人の道を選んだ。
Suna
それも、ただの料理人じゃない。全國に名を連ねるほどに、輝かしい立場に座す鉄人……!

【鮭沢】
……なーんで、この学園に来たんだっけなー……
Suna
ふと呟き出た疑問。それもまた、どうでもいい情報だった。
結果としてこの真理学園は、私にとって最高の牙城なのだから。区別も差別も激しいことで批判だらけな銘乃政権だけど、私は政権の行く末もどうでもよかった。私は、この食堂でひたすらに腕を振るえる。調理委員という立場を手に入れたことで、優海町中の飲食店の調理場に顔を出すことが許されるし、市場で食材の勉強も充分できる。
Suna
いずれこの閉鎖的な町からは出なきゃいけないが、今はこの場所で力を蓄えることに何の疑問も抱かない。真理学園は最高の場所だ。銘乃政権は素晴らしい。

【鮭沢】
……なんて、充実してるのかしら、この私
Suna
いつの間にやら調理場のヌシなんか呼ばれるようになって、至る飲食施設で顔パスできるようになって、今はこんな大々的なイベントを主催しちゃってさあ……
Suna
ホント、幸せ。コレは私が走り手に入れた、幸せな時間。私が受けた報酬だ。
Suna
ホント、舐めるんじゃないわよ――

【鮭沢】
……………………
Suna
今、何を考えたのか。
少なくとも余計な思考であることは確か。今は料理の時なのだから、集中しなきゃね。

【鮭沢】
といっても、終わったけど……そっちはどうなってる佐伯? どっちが先攻でいく?
Suna
私とはだいぶ離れて、調理している佐伯。ここから見えるのはアイツの背中だけで、今何をしているのか、何をつくっているのかは分からない。
が……まだ完成していないようだった。

【乃乃】
目安、超えてしまいそうです。にも関わらず最低人数分を大きく超えてしまいそうで、すみません

【鮭沢】
別にいいわよ。じゃ……私が先攻ね
Suna
私の相手は、意外だった。
Suna
特変が成立する前から、有名だったアイツだ。よくは知らないけど、知人だろうがそうでなかろうが、構わず嫌がらせをかます、学園最大の危険人物……衒火情や烏丸凪の恐ろしさはよく挙げられるが、遭遇頻度を考えると最も厄介な存在を挙げる場合は佐伯乃乃が浮かぶ。
Suna
……この場所でもし巫山戯ようものなら、料理を侮辱しようものなら、私は許さない。
核弾頭――そんな姿は捨てて、私と本気で対峙しなさい佐伯乃乃。

【鮭沢】
さあ――大変、お待たせ致しました……さあさあ
Suna
私の十八番を、召し上がれ――!!!

【鮭沢】
先攻は――私よ!!
約30分の待ち時間。
それから調理場より現れたのは、鮭沢枢奈だった。

【春日山】
凄い歓声だ……!!

【譜已】
……どれだけ、美味しいんだろう……鮭沢先輩の、料理……

【鮭沢】
私が用意したのは、50人前――!! さあ、見せてあげる!! 私の十八番を!!
鮭沢枢奈の料理が、調理委員たちによって審査員たちや観客へ配られていく。
その順番で、感嘆が食堂に響いていく。

【奏】
ケンパイ、えっと、スペシャル……何だっけ? 何ですかソレ?

【謙一】
スペシャリテっていうのは、確か……明確な定義はないが、まぁそのお店なりそのコックなりが一番得意とする料理、みたいなところかな
Kenichi
得意料理、なんて簡単に云ってしまったが、その意味は決して小さくない。
その料理がその場で出される札では最も強力なのであり、最大値をお客に示すことになる。云い換えれば、お店に対する最大評価がその一品で決められかねないのだ。
Kenichi
それだけ重大な立ち位置を、料理人の云う「十八番」は占める責任を持つ。それを自信満々に云ってみせた鮭沢の切り札……果たしてどれほどか。
特変の前にも、料理が一人前配られた。

【奏】
お、おぉおお……!!

【志穂】
へー、こりゃ良いじゃん、食欲そそるそそる

【美甘】
て、敵の料理だと分かってるのに……引き寄せられるな……!
ソレは皆大好きなビジュアル。
熱々の鉄板がグツグツと汁を鳴らし、デミグラスソースが周辺の人間の食欲を絡め取る。
王道にして最強の、ハンバーグ。だがそれだけの話ではない。

【謙一】
なるほど……何て云うか、キャラ立ってるじゃねえか鮭沢!

【鮭沢】
アレだけの料理を出す井澤なら、すぐ気付くと思ってたわ!

【鮭沢】
その通り! それはただのハンバーグじゃなくて、鮭を組み込んでるわ!! 分かり易いでしょ、この私の十八番は――鮭料理! 魚類屈指の食べやすさと調理可能性を秘めた、バランスの良い食材! 魚離れの激しい現代の若者にも受け入れられやすくて、大衆受けも良し! あとアンチエイジングと生活習慣病予防でも注目を浴びてるわ!

【鮭沢】
今回は塩焼きしたものを具材としてハンバーグに混ぜたわ。そういうわけだからソースの味付けは比較的薄めにしたけど、充分に濃度は高いわよ
Suna
それに加えて――

【美甘】
ッ――コレは――!!!
Suna
もっと、私の料理に、夢中にさせてあげる!

【夏裟花】
皆大好きな――!!

【音々】
チーズ!!
いわゆるチーズインハンバーグ!!
トドメの一撃で会場の皆さん理性が壊れ、ハンバーグの奪い合いを始める!!

【鮭沢】
あ、ちょっと、そういうの止めなさいって!! 何のために抽選会開いたと思ってるのよ!! 別に今じゃなくても普通に平日作ってやるわよ!!

【謙一】
客を暴走させるほどに、この料理は魅力に満ち溢れている……!
Kenichi
鮭ハンバーグというのもチーズ入りというのも決して珍しい工夫じゃない。どちらかというと王道に沿った無難な料理、といえるだろう。だが、それ故に安定した魅力を、鮭沢枢奈の調理力によって最大限に引き出している……! しかも1人でこれほどの仕上がりを50人前分作ったのか……!!
Kenichi
調理委員最大の現場慣れ、作られた余裕から籠められる精密な味付け……思ってた以上に、強敵じゃねえか――!

【沙綾】
……昨日のハンバーグじゃ、勝てないわねコレ

【謙一】
ああ……だから、乃乃は昨日以上のモノを、作っていなければならない……

【鮭沢】
さて、一応アナウンスしとくけれど、佐伯は目安時間では仕上がらなかったみたいよ。もうちょっと時間かかりそうだから、暴走してるとこ悪いけどゆっくり食べてて頂戴――

【乃乃】
いいえ、もう、完食していただいて構いません

【全員】
「「「――!!!」」」
鮭沢枢奈によって支配されていたハンバーグワールドが……
その一言。その登場。そして――
一瞬だけ、出現した香りによって切り壊された。

【謙一】
――!! 乃乃!

【鮭沢】
…………
Suna
何――今の……

【鮭沢】
佐伯……出来上がったみたいね

【乃乃】
枢奈さんと同じです。50人前分……調理委員の皆さん、申し訳ありませんが、運んで頂けると助かります

【乃乃】
すっごく熱いので、ご注意を