「特変」結成編2-9「青春とは思いやりである(2)」
あらすじ
「――貴方が、春日山くんを負かしなさい?」スタジオメッセイのメイン作品『Δ』、「「特変」結成編」2章9節その2。挑戦者・春日山淑久くんが提示した特変破りは学園長によって成立される。栞々菜戦以来のしっかりとした打ち合わせ回です。
↓物語開始↓
Stage: 特変教室

【謙一】
では、作戦会議を始めます
Kenichi
もはや授業中に作戦会議は自然な流れになっていた。授業だって俺らが喋り倒してるところは変わらないしな(思考放棄)。

【訓舘】
特変破りが申し込まれたと聴きましたが、今回も合意はスルーですか

【謙一】
いつも通りです。俺らの意思すら関係無しに特変破りが始まるなんて……だから、一刻も早く対策を考えなきゃいけません

【沙綾】
根本的な対策となると、あのロリマザーを陥れるしかないんじゃない?

【謙一】
そんな危険なことをやる気にはならないので、当分はやってきた特変破りを片っ端から潰していくしかないと思います

【奏】
まぁ、連勝記録伸ばせてればアッチも諦めてくれるかもねー
Kenichi
しかしそんなことになれば学園長がすぐに彼らを焚き付ける一手を出してくるに違いない……が、今はそんなことを考えている時間がない。
対戦日は今日の放課後、小グラウンドで行われる。その内容が、ボルカニックパンダを鎮圧させる対決……正直、意味が分からない。三重とは違って幾つものルールや注意事項など、書いてくれててそこは嬉しい。

【沙綾】
あの人、穏やかな顔しておきながら相当にエグい策考えてくるわねー

【沙綾】
ボルカニックパンダっていったら優海町でも随一に攻撃的なパンダ種よ? それを注意書きじゃ、「攻撃禁止」だなんて。死ねって云ってるの? てか彼まで死にそうなんだけれど

【奏】
ワンコみたいにパンダ可愛がれってことだよね、鎮圧って……競争以前にできるかどうかが大問題だよ!

【志穂】
私が寝てる間にこれまた変なのが来やがったなー。どうすんだーハゲ

【謙一】
ハゲてねえ。んー今回の責任は情にあるんだし、情にやらせるか?

【情】
やるかハゲ

【謙一】
ハゲてねえ
Kenichi
平行線ですな、うん。
……取りあえず共有できるモンだけ共有しとこうか。

【謙一】
春日山は医療班ってことだから、礼拝にお邪魔するついでに九条に話を聴いてみた。あといつも通りというべきか、朧荼にも

【美甘】
……そっか。確か、九条柚子癒……医療班の現首席だったっけ

【謙一】
えっ、そうなの!?

【美甘】
……お前訊きに行ったんじゃ……
Kenichi
いや……俺は何となく医療班って聴いたことあるだけだったし……アイツ首席なのか、何かそんな雰囲気っていうか、カリスマ性を感じなかったから……今度仕事姿見せてもらおうかな。
Kenichi
兎に角、俺は朝の情報収集の結果を皆に知らしめる――
Stage: セントラルホール 4C

【謙一】
特変破りを申し込まれて……春日山から

【柚子癒】
は、はあッ!? 何で!? よりにもよってあの、人畜無害を絵に描いたような春日山くんが!? あんた達一体何したのよ!?

【謙一】
いや、9人中8人は何もしてないんだ、ただ1人が
解説中。

【柚子癒】
あー……衒火は、何て云うか確かに、春日山くんの真反対に位置してそうな人よね……

【謙一】
何かもう不可避っぽいから早めに情報集めとこうと思ってな。そういや九条は医療班だったぞと思い至り

【柚子癒】
まぁ確かに私も歴とした医療班の一人ではあるけど……特変の為にそこで得た知識・仲間の情報を公開するっていうのは医療班の誇りにかけてね――

【謙一】
今度ライジングサンのチョコづくしシューでも差し入れようか?

【柚子癒】
仕方無いわね、特変に強制されてるんだもん仕方無い、正当防衛よ許して春日山くん……

【雪南】
医療班の誇りやっすー

【美玲】
あの、えと、私も何か知ってる気がしなくもないから、何でも話してあげよっかー井澤くーん??

【謙一】
ヤバい、無駄にもう一匹釣れた……
Kenichi
まぁ勝つためだもんな……多少金は消費してでも、確実に迫る困難の壁の高度を下げるべきだろう。

【謙一】
九条、朧荼、美玲さん、小松、徳川、シア、念のためリーダーさんの7人分か

【目羅】
リーダーはどうせ興味無いし、今ちょっと風邪を拗らせて緊急入院してるから、考慮しなくていいよ。それなら12個セットのを買ってくれれば、1人につき2個で丁度良いだろう?

【謙一】
あ、うんまあ、それならいいけど――って風邪で入院ってどんだけ悪化してんの!?

【目羅】
ははは……流石に私もドン引きしたね、アレは……現物を見たわけじゃないけど、実に不器用というか……私に云われるのは恥ずべきレベルだね

【柚子癒】
自分の身体よりも勉強が大切なのだわあのリーダー失格は……

【シア】
正……大丈夫、かな……また、繰り返してないかな

【秋都】
四肢を縛られてるって聴いたから、起きてるとしたら禁断症状じゃないかな(苦笑)

【謙一】
何なんだ、お前らのリーダーって……
Kenichi
俺まだ会ったことないんだけど……お隣さんな上、最近一緒に時間を過ごすこともあるのにソレは結構なミラクルじゃないか……?

【謙一】
いや、今はリーダーさんのことはいいんだ……それよりも

【雪南】
春日山淑久は、C等に編入する形でこの学園にやってきたね。いや、優海町に引っ越してきたというべきか。その目的は療養だ

【謙一】
療養……? どこか身体でも悪かったのか? そうには見えなかったけど

【雪南】
心の方だね。彼だけじゃなく、両親……元々都会に住んでた春日山一家が皆、それぞれに病んでいたんだ当時。両親は共働きで、それぞれ会社で人間トラブルを起こしていた。そのストレスの捌け口に子の淑久が向けられてたそうだ

【雪南】
加えて当時のC等学校でも、特に教師から暴力を受けていた淑久くんはだいーぶ病んだみたいだね。人間不信になるには充分な理由だと思うけど

【柚子癒】
相変わらずよーく調べてる変態眼鏡。でも、人間が嫌い…というか怖がってるところは、ちょっと見られるかも。誰にでも優しく接するけど、こちらから近付くと、微妙に警戒されてる気が……私だけじゃないよねソレ?

【目羅】
さあ? 九条くんは無駄にツンツンしてるとこあるから、知らないところで春日山氏のメンタルに攻撃してるかもしれないね

【柚子癒】
アンタにソコ押されると本当にそうかもって気になるからマジ止めて……!!

【謙一】
九条はアレか、真面目さを取り繕ったポンコツキャラなのか

【シア】
……そんな、感じ

【柚子癒】
じゃなーーーーい!!

【雪南】
果てには淑久くんが本格的に壊れそうなのを表に出し始めて、流石にこのままじゃマズいと両親が気付いたんだ。だから、都会を離れ、自然豊かな優海町に引っ越してきた。優海町が健康に良い場所なのは、何となく分かるでしょ?

【謙一】
俺は此処に来るようになって胃薬に頼るようになったが、一般的には良い風吹いてるよな

【雪南】
この町でやり直すことになって、父親が転勤、母親が専業主婦になってご近所附き合いに徹するようになり、淑久くんは此処のC等部に……どうやらこの時期にペットを飼い始めたらしいが、そこからだったかな、家族関係が良好になったのは

【柚子癒】
その辺りのエピソードは私も本人から聴いてる。ぶっちゃけC等部でもあんまり溶け込めてなかったらしいけど、その代わりに優海町の多彩な動物に触れるようになって、ソレが切欠で家でも動物を置くようになって……それで家族共々癒やされたって。彼が動物好きになったのは、そこからって

【柚子癒】
獣医になろうって思ったのはきっとそこが始点なのよね。……獣医になるために、忙しくて仕方無い医療班に入るだなんて人は彼ぐらいよ

【美玲】
ヤバい、朧荼くんと九条さんの情報が核過ぎて私、何にも語れるエピソード無い……クマと相撲できるって噂しか……シュークリームがぁ~~(泣)

【謙一】
よーしよしよしよし、大丈夫ですよー、12個セット買ってきますから~(わしゃわしゃわしゃ)

【美玲】
わふーんお姉さんに礼儀正しい井澤くん、大好きー♪

【柚子癒】
礼儀正しいっていうか、今、礼儀――躾正されてるじゃん美玲さんの方が――

【秋都】
グッハァッ(羨ましいッッッッ!!!)

【シア】
秋都が、吐血した……語呂良い……

【柚子癒】
あんまり良くない気が、ってかそれよりも徳川さん!? 徳川さーーーん――!!

【謙一】
――ということだそうだ

【奏】
超マジメな先輩じゃーん……非の付け所ないじゃーん私ら断然ギルティじゃーん……

【乃乃】
…………

【謙一】
俺らは、彼を傷付けてきた都会の大人たちとちょっと似てるのかねぇ……理不尽に色々やらかしてるのは確かだから

【沙綾】
力がある者は力を行使するのだわ。だから権力者なのだし。人格者と褒め称えられる必要なんて無いわよ

【沙綾】
つまりは彼の云うより優しい世界は、自分の利益に目が眩んで周りを慮ることを忘れてる人間、特に私たちのような権力者の数を減らせるってこと? そんな生温い世界、すぐカビが生えて音もなく破れそうだけどね

【沙綾】
組織・社会には必ず強大な縦軸が必要。それも、空中分解を防ぐためにがっつり外側から締め上げるくらいに強力な……云っちゃえば支配者ね

【沙綾】
春日山くんは下層中の下層っていう身分に慣れすぎたのよ。四方側壁なほどに潰されて出られなくしたのは彼でなく上層の他者だけれど、それもあってか春日山くんには私たちの立場は絶対に分からない

【沙綾】
勝った先に、私たちに代わる権力者になることを想定するならまだしも、具体的なビジョンも持たないままに現在の身分システムそのものを破壊しようだなんて、視野が偏狭にも程があるわよ。何でこんな青臭いのと相手しなきゃいけないのよー

【奏】
ボロクソ云ってるよいつも通り……でも、試合するのはやっぱり確定で……強敵なのは違いないよ。医療班で、獣医の勉強もしてるんだったら、何かボルカニックパンダを攻撃しないで落ち着かせる秘策持ってそうだもん

【謙一】
奏や情だったら、パンダ相手にタイマン張れるかもしれない。美甘と志穂もか……だけど、ソレは矢張り攻撃していい場合だ

【謙一】
要は動物と気持ちを分かり合って、優しく解決しようって対決なんだろ? そんなの俺たちがやれるわけがねえ……

【情】
……その勝負――
Kenichi
先が見えなくて、軽く黙り込んでたところに、情が発言した。

【情】
俺が受けてやらねえこともねえ
Kenichi
……正直云って、信じられないようなことを発言した。

【謙一】
……………………は?

【沙綾】
情くん――? 寝惚けてる? もしくは酔ってる?

【美甘】
さっき、出ないって云ってたばっかりなのに……どんな心変わりだ――?

【志穂】
見るまでもない相手なんじゃなかったのかー

【情】
芥に変わりはねえ。だが――アレは、俺の前に現れてカビを生やして視界を悪くする、極めて害悪な芥だ

【情】
邪魔になるなら蹴り潰す。二度と立ち上がれねえように殺し切る

【美甘】
超攻撃的な意思持ってるんだけど! ソレだと負けるって!

【情】
攻撃っていうのは、具体的には何だ。奴はこう応える筈だ――暴力とな。意図して物理的に対象に傷を負わせる行為を想定している。俺が老婆を意識していたかの議論でも見せた、医療班によくある癖だ――科学的な基準を優先する

【情】
奴の定義も、物理的で科学的。なら……ソレに頼らない方法で、力を振るえばソレは奴が今朝の時間のみで仕込んだ生温いルールには抵触しない。何か物云おうが、湿った紙だ、簡単に押し破れる

【謙一】
……具体的には、どうするつもりだ……

【情】
“気”で支配する
実に単純明快な解決策だった。

【情】
触らなきゃいい。動物は人間よりも遙かに生存本能に鋭敏だ。どっちが格上かぐらい、すぐに理解し、素直に認める

【情】
力の無い奴が謳う非暴力なんざ、この王者の徹底的な暴力で、完膚なきまでに踏み潰してやる、いっそ過去以上に地底深くにまで、二度と俺の前に現れないように

【奏】
あー最近サヤパイが猛威振るってたけどやっぱ非情チャンピオンはジョーパイですわ、殺してぇ……

【凪】
……取りあえず一つ希望は見えたけれど、どうするつもりかしら?

【乃乃】
……謙一さん

【謙一】
んー……確かに、情のアプローチは策の無い俺たちには可成り有効で、参考にすべきやり方だ。実際にそんな、オーラだけで敵――しかもアニマルを屈させるなんて真似ができる自信があるなら、って話だが
Kenichi
情なら、きっとソレもやってのけてしまうのだろう。情に頼めば、情の有言実行、春日山が徹底的に陥れられる未来が、不思議と見えてしまう……
Kenichi
つまり、俺としては避けたい未来の一つであり、情が出るのは最終手段とみなきゃならない。

【譜已】
……………………

【奏】
譜已ちゃん、今だけでいいからさ……譜已ちゃんの“釘”、抜いてくれない?

【奏】
ジョーパイは一回、泣かせておくべきなんだよ……あとついでにサヤパイも……

【凪】
貴方だけが泣かされる未来が見えるのだけど

【奏】
そんでもってついでにナギパイもー!! ……って、譜已ちゃん?

【譜已】
……………………

【譜已】
――どうして、特変破りなんて作ったの?

【翠】
……………………

【譜已】
バスケの時には聞きそびれて、家でははぐらかされて……でも、もう限界。訊かないと――

【譜已】
謙一先輩たちも、負けた人たちも、特変破りで苦しんじゃう。勝てば勝つほど謙一先輩たちは、恨まれるようになって……この制度に、何のメリットがあるの……?

【譜已】
傷付いていくのを、見てばっかり……

【翠】
……それでも、三重さんの場合は違ったでしょう?

【譜已】
…………

【翠】
譜已ちゃんは知らなかったと思うけど、とある焼肉店でも特変破りがあってね、ソレを通して志穂ちゃんや謙一くんたちは地元の人たちと交流を深めることができたわ~

【翠】
メリットは、無くもないとは思わない~?

【譜已】
それは……結果、そうなっただけで……

【翠】
――人も社会も、そう簡単には、変われない

【譜已】
……!

【翠】
春日山くんは、それを理解できてない。だからきっと、この特変破りで……立ち直れない程に、傷付けられるでしょうね

【翠】
あのルール内容だと……私の予想じゃ情くんが出てくるでしょうから

【譜已】
じ、情先輩が――そんなの――

【翠】
譜已ちゃん、あんまり出過ぎた真似はしないでほしいわ。確かに春日山くんは相当なお人好しだと思う。だけどソレは、彼が十数年の生活の結果得た性分の一つでしかない。人は決して一面的にはできてない

【翠】
誰だってそう、多かれ少なかれ問題を抱えてるのよ。それを自分含めて誰かが捉えているかどうかは別としてね

【翠】
ソレは――譜已ちゃんだって、痛いほど分かってるでしょ……?

【譜已】
ッ……

【翠】
学園は、何処までいっても学園でしかない。走り続ける場所なの。この場所で、步みを止めることは赦されない。常に、自分という存在を武器に、闘う意思を持たなければ学園の思い出は思い出でしかなくなる

【翠】
自分の信じてきたもの、そして自分自身全存在をかけて、壊すくらいに、壊れるくらいに闘うこと。それくらいやらなきゃ、変われないものなのよ

【翠】
私の“ビジョン”を置いても、貴方たちにとってもこの学園の時間は無駄にはしてはいけない。譜已ちゃんのことは、一生かけてお母さんが守るつもりよ。でも、大半の子は、後ろの道を保有できないわ。だからこそ、他者に頼ることなく、時に味方と思える他者を潰してでも、生きていく力がここの学生には求められる

【翠】
厳しいかもしれないけど、コレが現実……生物の本質は、闘争。能く生きていく為の闘争なのよ。ソレ無しに、個人個人が理想なんて掴めるわけがないの

【翠】
春日山くんには、ソレを叩きつける必要があるでしょうね

【譜已】
……………………

【翠】
……まだ、納得してない顔ね~。譜已ちゃん、ホント頑固なんだから、誰に似たのかしら~

【譜已】
……似たとしたら、間違いなく私の目の前に立ってる人です……

【翠】
ふふっ……どうしても納得できないというなら、ソレも立派な譜已ちゃんの意見。そして……闘うにあたって懸けるべき存在の一つよ
Midori
だからね、譜已ちゃん……今回の特変破り――

【謙一】
……刃を持て――

【譜已】
ぶ……

【譜已】
ぶっ、こわ、します……
Midori
――貴方が、春日山くんを負かしなさい?