「特変」結成編2-9「青春とは思いやりである(1)」

あらすじ

「権力は人をダメにする。君たちの未来をどうこうするつもりもない……ただ、その権力の座からは、降りてもらう」スタジオメッセイのメイン作品『Δ』、「「特変」結成編」2章9節その1。今度は心優しき少年・春日山淑久くんが特変破りを申請してきます。彼が思い立った動機はその日の今朝のことでした――

↓物語開始↓

290613

Stage: 学園大道路



AM8 00


Face_kenichi

いっつつつ……


 謙一は朝っぱらから傷を貰った。


 といっても見た目は「何だ、大したことないじゃん唾付けとけ」ってレベルの、メディア映えしない擦り傷なのだが、本人は割と地味に痛みが響くダメージなのである。


Face_kenichi

まさかバイク走行中に「年寄りをいたわれえぇええええええええええ」と叫びながら薙刀振り回してくるおばあちゃんに目を付けられるとは……


Kenichi

 何にもしてないのに……俺結構そういうの気を遣う方なのに……


Kenichi

 なんて弁解する余裕も無く走りまくったところ、おばあちゃんの脅威からは逃げられたものの、ちょっと煉瓦の壁に肘をぶつけてしまった。また服が破けてしまった上に血が染みこんでる。コレは亜弥に気付かれちゃマズいから即処分かな……


Face_kenichi

また服を消耗してしまった――いって


Face_unknown

――怪我、したのかい?


 関節を曲げるだけで痛いな、生きてるな俺、みたいなことを考えていた謙一は、あろうことか声を掛けられた。


Face_kenichi

――!!?


 敵が多すぎる謙一、一生の不覚と一気に振り向く。


Face_toshihisa0

うわっ!? い、いきなり何? ビックリさせちゃった?


Face_kenichi

いってえいきなり動いたから――えっと、どちら様……?


Kenichi

 立っていたのは、何というか、無害そうな男子。
 そういう系の人間からは尚更話しかけられないと思ってたから……意外な相手だ。


Face_toshihisa0

あんまり強い動きをすると傷に響くよ。ほら、見てあげるからちょっとじっとしてて


Face_kenichi

え――?


 校門前で、男子は謙一の右肘を看始めた。


Face_toshihisa0

ちょっと深いけど、擦り傷の範囲内……比較的軽傷と見なして、コレで処置しちゃうか。“物匣”――


物匣


 男子は“物匣”を開き、その中から太い十字マークが描かれた小箱を取り出す。
 更にそのファスナーを開け、肘を包める大きさの湿布を取り出した。


Face_kenichi

ソレは……?


Face_toshihisa0

医療班で導入してる、パックスのベーシックAIOタイプ。傷の洗浄・消毒・保護……措置が全部コレ一枚で完了できるようになってるんだ。貼ってみると、実感できるよ


Face_kenichi

……!!


Kenichi

 ほ、ホントだ……何か、水を感じる、ジュワーって……
 洗浄とか消毒が今、保護と同時に……俺の知ってる絆創膏とはスペックが違うってことか……。


Face_kenichi

初めて聴いたな、そんな便利なの……


Face_toshihisa0

ソレはそうだよ、だって井澤くんは新規組だものね。真理学園でしか使われてない、真理学園医療班開発のアイテムのことを知らなくて当然だよ


Face_kenichi

へぇ、医療班――


Kenichi

 ――って!!


Face_kenichi

いや、ちょ、俺のこと井澤って認識してるんだったら何で応急措置を!?


Face_toshihisa0

ん……たとえ特変であっても……怪我をしてる人の面倒を見るのが、医療班の役割だよ


Face_toshihisa0

だったら、井澤くんが怪我をしている姿を見たら、面倒を見るのが普通。僕はそう思う


Face_kenichi

……こんな人に注目されやすいところで、よくもまあ……


Kenichi

 人畜無害どころか、天使を感じるな……


Face_toshihisa0

それじゃ、僕はちょっと用事があるから


Face_kenichi

あ、ああ、どうも


 男子は走り去って行った。


Face_kenichi

……………………


Kenichi

 流石に数千人も居るんだったら、そういう存在も、居るってことかなぁ。


Face_kenichi

特変にも、優しくしてくれる存在が――


timeskip

Stage: 特変教室



AM8 15


Face_toshihisa0

特変破りを、申し込みます!!


Kenichi

 ――どうしてこうなった!!?


 井澤謙一、朝の希望が15分程度で打ち砕かれた。


Face_toshihisa0

あ、井澤くん。怪我の具合はどう?


Face_kenichi

お陰様で痛みは結構引きました! でもまさかこんな早く再会することになるとは思わなかった!! この15分の間に何があったの!?


Face_toshihisa0

えっと、やったことといえば……申請書を貰って書いたことぐらいかな。後は君らの誰かがサインをしてくれるだけ。合意だけだ


Face_toshihisa0

――さあ、受諾してもらいましょうか!!!


Face_kenichi

ヤッバイ文脈が飛び跳ねてる!!?


Kenichi

 結局今日も厄日ですか!!


Face_saya

何か知らないけど、リーダーに恩を売って特変破り無理矢理ねじ込もうっていったってそうはいかないわよー


Face_saya

この人懐柔するならアイドルの写真100枚くらい持ってこなきゃ


Face_kenichi

俺を何だと思ってるんだ


Face_toshihisa0

……? 彼を治療したことと、特変破りとは無関係だけれど……抑もやろうと決めたのは彼と会うよりも前の、今朝なんだから


Face_saya

あ、私、この人ダメ、多分苦手っていうか相性悪いわ、奏並みに議論が平行するタイプ


Face_so

だったら黙ってようよサヤパイ、てか黙ってて私まで無駄にストレス溜まるから~


Face_kenichi

取りあえず、どうして特変破りをするに至ったのか、経緯があるなら教えてもらいたいんだが……えっと、春日山かすがやま淑久としひさ、でOK?


Face_toshihisa

うん、春日山です。井澤くんには今朝話したけど、医療班の一人。そして……獣医を目指してる


Face_fui

獣医……


Face_toshihisa

動物は、人間よりも遙かに本能的で、素直に生きている。イヤなときはイヤだと振る舞うし、嬉しい時には嬉しさを見せてくれる……気がする。そんな動物に触れることで、人ももっと、素直になれるんじゃないかって信じてる


Face_toshihisa

もっと優しい心で包まれた社会は、実現できると思うんだ。僕はそれを、動物と触れ合うというところから追求したい


Face_saya

何でそんなゲロマズな理想論を朝っぱらからしかもこの文脈で聴かなきゃいけないのよ~~帰ってよ~~


Face_mikan

沙綾、もうベランダに出てれば……?


Face_joe

吐きそうなんだが


Face_kenichi

じゃあお前も出てろ、でも吐くなよベランダとか超清掃しづらいからな


Face_toshihisa

いや、貴方にはもう少し居てもらう


Face_kenichi

え――?


Kenichi

 情を、呼び止めた。


Face_toshihisa

――僕が特変破りへと踏み込む切欠を与えたのは、他でもない……そこの非情者の姿を見たからだ!!


Kenichi

 そして、指差す。
 間違いなく、衒火情を、真っ直ぐに……!


Face_joe

…………


Kenichi

 依然、気分悪そうに、椅子に座り足を組む情。
 ……相当機嫌も悪いな……。


Face_toshihisa

……僕が井澤くんと校門で会う少し前のこと――


flashback


Toshihisa

 ……僕は優海町に住んでいる自宅組の学生だ。
 10分ほど歩けば学園内に着く……学園大道路に繋がる主公道を真っ直ぐ歩いていたところに、その光景が現れた。


Toshihisa

 おばあちゃんが、僕も渡るつもりだった歩道橋を登っていた。ずいぶんと長い杖を突いて、ゆっくりと、震えながら……


Face_noname

【おばあちゃん】「よいしょ……よいしょ……」


Face_toshihisa

どう見ても、危ないな……ちょっとサポートしようか――


Toshihisa

 だが、その光景にもう一人映っているのに、すぐ気付いた。
 彼は――


Face_joe

…………


Face_noname

【おばあちゃん】「――!!?」


Toshihisa

 ――追い付いた瞬間、おばあちゃんと、僅かにぶつかった。
 それが引き金となり、おばあちゃんはバランスを崩し……


Face_toshihisa

あぶな――!?


Toshihisa

 走ったけど間に合わず……おばあちゃんは10段以上転がり落ちてしまった。
 最悪の事態を、想定した。


Face_toshihisa

ッ――


Toshihisa

 おばあちゃんの身体を抱えながら、僕は歩道橋の先を見上げた。


Face_joe

…………


Toshihisa

 彼は、全く反応を見せなかった。こちらを振り向くことも無く、まるで今の事件が無かったかのように、歩道橋を昇りきり――橋を渡っていった。


Face_toshihisa

おばあちゃん、しっかり、今ちょっと身体を看るから――


Face_noname

【おばあちゃん】「――うおぉおおおおおおおおおおおおお!!」(←起き上がる)


Face_toshihisa

……え?


Face_noname

【おばあちゃん】「と、年寄りを――」


Face_noname

【おばあちゃん】「年寄りをいたわれえぇええええええええ!!! このクソ学生ぃいいいいいいいい!!!


Toshihisa

 ……僕が想定した事態はどうやら無いみたいで、寧ろおばあちゃんは闘争本能? そんな感じのが滾って、杖の鞘を抜いて薙刀に変えて、鬼の形相で車道を走っていった。


Toshihisa

 ……おばあちゃんは、無事だった。だけど――だからこそ、僕の心に強く焼き付いたのは……


Face_toshihisa

…………


Toshihisa

 再度、歩道橋を見た。けど、矢張りそこには誰も居なくて……
 本来居なければ、降りてこなければならない男は――


flashback_return


Face_toshihisa

――此処に、何事も無かったかのように、ふんぞり返っている


Face_toshihisa

君たちは、絶対に許せない存在なんだ……僕が、僕の理想とするより優しい社会を目指す限り、許してはいけない王様たちなんだ


Face_toshihisa

権力は人をダメにする。君たちの未来をどうこうするつもりもない……ただ、その権力の座からは、降りてもらう。一度降りて自然の姿と向き合えば、きっと優しくなってくれる。だから――


Face_toshihisa

――誰かが、この座を破壊する。それが人間の役目だ


Face_so

ジョーパイ、有罪


Face_nono

有罪ですね、罰ゲーム用意しましょうか


Face_mikan

コイツホント最低だな、こう具体的なエピソード聴くと仲間として悲しくなってくるな


Face_kenichi

取りあえず俺の肘に謝ってもらおうか元凶


Face_joe

知らん。俺の目には見えていなかった。なら、俺の関する意味も無い事象だ


Face_joe

芥の罪議論もとい擦り付けに附き合う趣味は微塵も持たねえ。下層に帰れ獣医


Face_toshihisa

見えてなかった……? そんなわけがない、人間の視界は140度機能していると云われてる。加えて肩や腕が接触した、それは間違いなく反射経路で刺激が回った筈だ。貴方は、確実にあの接触に気付いている


Face_toshihisa

貴方は意図的に、おばあちゃんを見捨てた。コレは揺るぎない事実だ


Face_joe

……俺には見えていない。コレは事実だ


Face_toshihisa

ッまだそんな――


Face_joe

加えて、落ちるその老婆を落ちるのを、見ることしかできなかった。走ったが間に合わなかった。老婆はテメエの眼前で、転がり落ちた


Face_joe

ソレも揺るぎない事実だ


Face_toshihisa

ッ――


Face_joe

テメエもあの老婆同様、いやそれ以下、この俺が見るまでもない。従って、わざわざ真正面から相手をしてやる道理もねえ。自然に還って、勝手に猿でもやってろ


Face_toshihisa

……貴…方はッ……!


Face_kenichi

えっと、何だ、もうそろそろチャイム鳴るし、取りあえず抑えてほしいなって……春日山の怒りは俺も何か分かるところあるけど、流石に朝思い立って特変破りは浅はかだと思う


Face_toshihisa

……井澤くん


Face_kenichi

特変破りは、何だかんだで凄いお互いに疲れるんだよ。バスケ部の事件、知ってるだろ? あれぐらいのことが、春日山にも起こりかねない


Face_kenichi

春日山に感謝してる俺だから、この忠告をするんだ。その一手は、気軽にやるものでも、連発するものでもない。だから俺はこの特変破りを、受けたくない。奇襲型で来られるのはもっとイヤだ


Face_kenichi

素直に云うなら、諦めてほしい


Face_toshihisa

…………相変わらず、君の言葉には魔力が潜んでるね。怯んでしまいそうだ……


Face_toshihisa

けど、ここで僕が諦めたら、あの時のおばあちゃんの無念は? 僕の感情は? コレは諦め捨てていいモノなのか? 僕は――そうは、思わない


Face_toshihisa

リーダーたる井澤くんが頷かないんじゃ、特変から合意は取れないと思った方がいい……だったら、次の手を使うしかない


Face_kenichi

次の手? 特変破りは合意が必要だし、その合意は俺たちからしか――


Kenichi

 って、まさか――


Face_toshihisa

朝からおしかけてすまなかった。井澤くん、肘は重傷ではないけど、安静にね。パックスは水・土属性のマナが凝縮されてるから、お風呂頃には多分完治しているよ


 春日山淑久は去って行った。


Face_kenichi

春日山……


Kenichi

 ……アイツの気持ちを、無念を、ある程度理解できるからこそ……
 足が、動かない……あのアイツを止める力は俺には無いと分かってるから。


Face_so

最後の手段って……何?


Face_saya

多分、学園長にお願いするんでしょうね。特変破り、やらせてくださいって


Face_saya

今まで私たちが合意して成立した特変破りなんて無かったでしょ? 存在すら知らされず、いつの間にか合意された正式な戦いだっていっつも云われてねー


Face_mikan

ってことは、いま春日山は学園長室に……!? また、ウチらが合意してないのに特変破りが……


 きーんこーんかーんこぉおおおおおおおおおおん!


 8時25分、始業のチャイムが鳴った。
 一般学生にとってはモーニングコール、特変にとっては朝寝タイムである。


Face_mirei

井澤くーん、ホール一緒に行こー♪


Face_kenichi

あ、はい。ちょっと待ってて、聖書と賛美歌っと……


Face_nono

謙一さん、礼拝出るんですね。一週間前から……どうされたんですか? 悩みですか?


Face_kenichi

悩みなら公私共にわんさかあるが、美玲さんに誘われるんでね。他の学生に気付かれないようコッソリと


Face_kenichi

真理学園にはもっと慣れていかないと。その一環、かな


Kenichi

 ソレに、ちょっと訊きたい奴も特Bに居るし……。


Face_so

ケンパイ、ホント勤勉だなぁ。ちょっとは私も見習わないと


Face_kenichi

本当だよお前は勉強しろマジで。んじゃあ、行ってくる。教室で大人しくしてろよ、ヤンキーども


 2冊持って、謙一はNYホールへ向かう特Bの列に紛れていった……。


Face_so

ヤンキーなのはジョーパイだけなのに、こんなのと一括りにしないでほしーよね、譜已ちゃん――


Face_fui

――!


 譜已も走って、特に何も持たず教室を出て行った。


Face_so

――譜已ちゃん!? いきなりケンパイの云う事破ったらヤンキー扱いされちゃうよ!? 何処行くのーー!?


Face_nagi

……譜已――?


timeskip

Stage: セントラルホール 4C


Face_kenichi

なあ、九条


 セントラルホールを、混雑調整しながら旋回して降りている特B一行。
 その面子に紛れてる謙一は、あまり話したことのない女子に話しかける。


Face_yuzuyu

え、何? 私? 正直貴方と話してる姿周りに見られたくないんだけど……


Face_kenichi

大丈夫、俺防災頭巾被ってるから


Face_yuzuyu

バカか変態に絡まれてるって見られるじゃない!


Kenichi

 酷い。


Face_kenichi

いや、ちょっと訊きたいことがあって……春日山淑久って男子、知ってる?


Face_yuzuyu

え、春日山くんが、どうかしたの? 何で彼のこと知ってるのよ?


Face_kenichi

いや、今朝初めて知ったんだけどな。実は特変破りを申し込まれて――


 謙一が、もう逃げられないであろう特変破りの相手、優しい心を持った春日山淑久の情報を集める一方で――


otherside


 ――彼女も、動いていた。


Face_toshihisa

……有り難う、ございます。精一杯、やらせていただきます


Face_midori

頑張ってね~……あら~?


Face_fui

…………


Face_keji

職員室に来ていたので、連れてきちゃいました


Face_keji

話が終わったなら、春日山くん、出口まで案内しよう。礼拝欠席の件については不問でいいでしょ学園長


Face_midori

寧ろ感謝してるくらいよ~。じゃあね、春日山くん


Face_toshihisa

……はい、失礼しました


 特変破りの申請完了用紙を手にし、淑久は退室した。
 ……そして、多少の沈黙を挟んで――


Face_midori

駄目じゃない、礼拝の時間にこんな所に来ちゃって~


Face_fui

…………


Face_midori

――他の話をしに来たわけじゃない、ってところかしら


Face_fui

お母さん


Face_fui

――どうして、「特変破り」なんて作ったの?


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