「特変」結成編2-6「青春とは友情努力勝利である(2)」
あらすじ
「三重栞々菜という女の子は、そんな不遇な女子バスケ部に革命をもたらそうとしている」スタジオメッセイのメイン作品『Δ』、「「特変」結成編」2章6節その2。バスケ勝負を申し込んできた三重栞々菜ちゃん。勝負の詳しい内容や彼女自身をもっと知るために謙一くんと美甘ちゃんは真理学園バスケ部を覗きます。
↓物語開始↓

【志穂】
ごがあぁあああああ

【美甘】
おーい起きろって……もう放課後だって

【志穂】
んんんんんんんん……そっかーじゃ帰るかー……

【美甘】
いや、今ちょっとまた特変破りがな

【志穂】
知らん。私は既に1回頑張った。バイ
志穂は6Fの窓からバイした。

【美甘】
相変わらずスタイリッシュでカッコいいな志穂は……でも帰っちゃったよ作戦会議もせずに

【情】
俺も帰る。早急な用事が入ってる
情は前方扉を蹴り飛ばしてバイした。

【美甘】
開けろよ
因みに蹴り飛ばされた前方扉は数秒経たずに再生し、元通りになった。

【沙綾】
これホントどんな仕組みなのかしらーって真面目に疑問なんだけど、それ云い出すとそろそろリーダーが胃薬にダイブしそうだから控えておくわー

【謙一】
ご考慮感謝しよう
話の続きである。

【美甘】
どういうことなんだ? バスケって取りあえず1チーム5人くらい居るもんだろ?

【謙一】
これまた簡潔にまとまりすぎて、対策とか考えづらいよな。しかしバスケってことは確定だろう。加えて、俺たちの方が有利になりやすい

【美甘】
どういうこと?

【謙一】
この紙を見る限りでは……相手は三重ひとりだが、参加人数に対する上限が設定されていない。つまりこっちは9人出られるってことだよ

【美甘】
それ……かなりワンサイドゲームになるんじゃ

【沙綾】
勿論、罠って確率もあるけどね。それに、三重さんのバスケのスキル、私たちそれぞれのバスケのスキルによっては、逆に人数を増やすことで不利になる、なんてこともあり得る

【乃乃】
加えて云えば、バスケットボールとしながらも参加人数からして普通にイメージされるバスケットボールなのかが既に疑問です。素直に受け止めるべきではないかと

【凪】
云っておくけど、スポーツなんて私はパスだから

【沙綾】
そうね。疲れるし、当然私も観客側

【譜已】
その……私も、正直運動は苦手です……

【謙一】
…………
Kenichi
「“機能”が発動したらあんなにスタイリッシュに飛び回るのに――」とか言葉にしそうになった俺マジ反省。
ていうかコイツら作戦会議は割と良い意見出すのに、実際にはサボる一択である。

【奏】
私は出てもいいよー。バスケ、楽しそうだしー♪

【凪】
あなたは止めておきなさい。無駄にミス連発して戦況を悪くして勝手に落ち込んで譜已の手を煩わせるだけだわ

【奏】
ヤベえ、すっげえ腹立つのに割とそうなりそうな未来が私にも見えて反論できねえ……

【謙一】
チームプレイはあんまり得意とは云えないよな俺たちは……
Kenichi
チームプレイをやったことが今まで無い気がするので経験談とかじゃなく、単にイメージの話である。
そんな友情努力勝利のプロセスを踏めるんだったら俺は管理職でこんなに苦労はしてないということである。
Kenichi
つまり、沙綾が云ったように人数を無闇に増やすことは予想以上に拙攻拙守に繋がりかねない、ということ。だがそうだとしても……

【謙一】
普通、独りで挑んでくるもんかね……
Kenichi
奇襲してきたのだって今までA等部ばっかだったから、B等部と顔見せ合って対決するのは初めてだが……
Kenichi
コレは勇敢通り越して無謀じゃないか?
それとも、何か俺たちの考えの及ばない策を秘めているのか――

【謙一】
この特変破りのルールも確認が必要そうだし、三重を捕まえるか……

【沙綾】
ってことは解散ね。部屋でのんびりしてるから頑張ってね~

【乃乃】
後でアルスに結果をご報告してくだされば。私も情さんほどではありませんが、一つ用事があるので

【凪】
電話はしてこないで。文章を寄越しなさい

【譜已】
えっと……私も、顔を出すところが……

【奏】
私何にも用事無いけど流れに乗って帰りまーす!!
作戦会議、終了。

【謙一】
何にも決まってないのにこの清々しい退出の一部始終よ
Kenichi
もし帰宅部に大会とかあったら、アイツらならきっと全國行けるんじゃないかな。
俺もそんぐらいの力を発揮して家に帰りたいが、流石に明日が本番だからな……しっかり仕事をしなければ。

【謙一】
美甘は残るのか?

【美甘】
アイツらとは違って、ウチは不安に駆られまくってるから……謙一に同行する

【謙一】
そっか。うし、じゃあ光雨

【光雨】
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ

【謙一】
光雨
簡易ロッカーの上でを頬張っていたメイドのお菓子を一通り取り上げる。

【光雨】
あぁあああ酷いの、ドメスティックバイオレンスなの……(泣)

【謙一】
マスターの召集には応えろっての、仕事だ。さっきの三重って女の子、今どこに居るか探知して

【光雨】
幾ら何でも情報が少なすぎるのー

【謙一】
この用紙に彼女の指紋が付いてる

【光雨】
じゃあできるのー

【美甘】
できるのかよ……
三重栞々菜が触れていたあたりをスリスリしたかと思えば、ふわーっと飛び回り……

【光雨】
クークースキャン、なの~!
彼女を原点に、光の「座標」が発射される。
その時間僅か1秒にも満たず、視覚として認識することも人間にはできない。
ふらーっと謙一の頭に着地し、二人の目先に地図画面を表示させる。

【光雨】
今、ここに居るのー。えっと……これは~……何処だったか忘れたの~

【美甘】
これは、多分GACだ。もうそんな所に居るんだ……

【光雨】
取りあえず、お菓子返すの~!

【謙一】
はいはい
Kenichi
相手の居場所は分かった。しかもGAC……これは、俺らの知りたい情報に直結してるかもしれない。

【謙一】
早速、行ってみるか。光雨、お前は?

【光雨】
小休憩なの~(←シティマアム21袋目開封)

【謙一】
あっそ……じゃあ、俺たちGAC行って、そのまま解散するから。後で追い付いて来い。勿論、誰にも見られないようにな

【光雨】
ガッテン、なの~♪

【謙一】
……で、来てみたはいいものの……
Kenichi
詳しい場所は訊いてないからな……一言GACと云っても、とてつもなく広いアリーナなわけだし、それを一つ一つ虱潰しってのは日が暮れる。

【美甘】
謙一、もしかしたらあの子、明日に備えてバスケの練習してるのかも……

【謙一】
それは可能性高いな。となれば、バスケをやる場所も……
Kenichi
本番使う場所で感覚を研ぎ澄まそうと考えるだろう。

【美甘】
204だから、こっちだな……附いてきて

【謙一】
サンクス。そういや、歓迎祭で使ったのは101会場だったよな。確か、一番広いとこ

【美甘】
うん、そうだよ。だけどああいう巨大なイベントでしかあの会場は使えない……てか使いにくい。だから学生も町民も、使うとしたら他の町の体育館ぐらいの大きさの会場だな。それを分割して使ったり
Kenichi
ゴツい高層ビルのような見た目をしたGACだが、そのフロア数は見た目よりも少ない。ただし、巨大である。
GACの象徴といっていい、観客席含めて数万人は収容可能らしい101会場は寧ろ例外的であり、201~204、301~304は俺がイメージするような体育館のビジュアルだとか。ていうかそんなに体育館作る必要無かっただろ翠さん……

【美甘】
101は大陸規模のイベントで使われたりしてその為にあるような場所だけど、それ以外の会場は本来通り町民の為の場所。実際使いまくってるのは真理学園生だけど

【謙一】
部活で使うんだよな。こんな凄いアリーナ所有してるのにこんな我が儘云うのもあれだけど、学園内には体育館とか広いグラウンドとか無いもんな……野球部どこで練習してんの?

【美甘】
別の場所に優海町のグラウンドがあるよ。それに、101は色々カスタマイズが可能だから、予め月単位でスケジュールを組んで体育委員がセッティングしてる。芝とか敷けば、サッカー部や野球部の練習場所に早変わり。流石に広すぎるから他の部と分割して使うって感じに調整してるらしい

【謙一】
大変だなぁ体育委員……

【美甘】
……と、着いたよ。204だ。どうする? 堂々と入る?

【謙一】
観客席とかは?

【美甘】
第二フロアは色んな部屋が設けられてる分、体育館の規模が比較的小さいんだ。観客は壁に寄る感じになるかな

【謙一】
じゃあ目立つな……ところで、音は聞こえるけど何やってんのかね――
ちょっとだけ重い扉を開けてみた。
きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ。

【noname】
【監督】「吉田ァァアアアアァァァ、歯ァ食い縛れやあぁああ!!!」
バチンッ!!!!
きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ。

【noname】
【監督】「そこ何へばったァ! スクワット100、GO!」
きゅきゅきゅドンッきゅきゅきゅきゅきゅバババきゅバチンッ!!!

【noname】
【監督】「そこで持つからベスト4止まりなんだろうが!! 止まるな回せ、思考させる暇を与えず圧倒し崩せ!!」

【noname】
【監督】「殺されたくなければ、押し殺せえぇえええええええ!!!」
謙一はそっと扉を閉めた。

【謙一】
……何今の。軍隊?

【美甘】
明石先生だ……鬼軍曹の異名を持つ、真理学園バスケ部顧問の……

【謙一】
バスケ部……てことは、三重も……
Kenichi
あの中で練習してるってこと、か……?
謙一はもう一回、そっと扉を開けて覗いた。

【noname】
【監督】「おらそこのチビ邪魔だあぁああ!!!」

【栞々菜】
うっす!!!

【女子】
いやうっすじゃなくて!!

【女子】
栞々菜ぁ、これ以上はダメだって、アンタの体格じゃすっ飛ばされるって!! あと先生怒ってるし!!

【栞々菜】
うっす!!

【男子】
はぁ…はぁ……ッ――三重、お前まだ、附いてくるつもりか!?

【栞々菜】
どこまでも!! 食らい付いて!! いきます!!

【男子】
おいおい――

【noname】
【監督】「そこ無駄口を叩くな!! 清水、プレイ中に口を開けるとは無駄に良い度胸だな!!」

【男子】
やっべ!!

【女子】
す、すみません……!!

【noname】
【監督】「……あのチビ、云う事聴く気なしか」

【noname】
【監督】「勝手に潰れるだろうと思っていたが、存外しつこいな。B女子が、立場を弁えろ……退部処分を考えるか」

【noname】
【監督】「……アイツらの資料どこに置いてたか。面倒くせえな……」

【謙一】
…………
扉を閉めた。

【謙一】
居た。むさ苦しいバスケ部男子の中に紛れてた

【美甘】
恐ろしい空間だな……間違っても入りたくないな……

【雪南】
ま、入らない方が身のためだね
扉に張り付いていた二人の後ろに変質者が立っていた。
取りあえず二人、拘束の準備。

【雪南】
待って待って待って待って、衝動に任せないで俺今回の特変破り何にも関係無いでしょ、でしょ!?

【謙一】
それもそうだが、背後を取られてたっていう事実に心底怒りが止まらなくてな

【謙一】
また美甘が引き籠もりに戻っちゃったらどうしてくれるんだこの野郎

【美甘】
ウチ引き籠もってはなかったけど、一瞬だけそうなってもいいかなって思った。怖いコイツ、ヤダ怖い

【雪南】
美甘ちゃんの可愛い声が聴けて満足だ、なんて感想を漏らす為に君らに近付いてたわけじゃないんだよ。そもそも別の目的があって僕は来てたわけだし

【謙一】
別の目的?

【雪南】
ガールズウォッチング

【謙一】
縛るか
しかしこんなところで作業は危険なので、取りあえずどっかの休憩室に入ることにした。
Stage: GAC 休憩室

【雪南】
酷い目に遭ったなぁ

【謙一】
酷い目に遭ってるのは10対0で部活に励む女の子たちだ
Kenichi
良い仕事した気がするなぁ、コレで少しは特変、ていうか俺の評価上がってくれればいいのに。

【雪南】
んで、君らは対戦相手の偵察かな?

【謙一】
相変わらず腹立つレベルで情報早いな

【雪南】
そういう役回りだからねぇ。それに、美玲さんが騒がしいんだよ、「どどどどうしよう特変破り来ちゃってるよー」とか、俺らにほぼ関係の無いことでね
Kenichi
正直仲間と認識するには幾分不安が目立ち過ぎてる流石の美玲さんである。

【雪南】
今度はバスケ勝負なんだって? 走り幅跳びといいプラモ組み立て競争といい、ユニークな特変破りが流行してるねぇ

【謙一】
主に君らのせいだけどな。しかし、バスケで勝負を挑んでおきながら、相手は1人だ。これどういうことなんだろうなぁ

【雪南】
それは多分、「マンツーマン」のことを云ってるんだろうね

【美甘】
マンツーマン? 何だそれ?

【雪南】
その辺も完了用紙に書いてくれればいいのにね。美玲さんと同じく、個人的に君らを応援する側で居るつもりの朧荼雪南から、今回の対戦相手について無料で解説してあげようじゃないか
Kenichi
……それはぶっちゃけ美玲さんの数倍助かるが、いつか金取られるんじゃなかろうか。そうなったら縁とコイツの人生切り落とすってことでいいのかな。
取りあえず、話を聴く。

【雪南】
明石顧問はバスケを、個人競技だと考えている。形式的にコレは間違いなく集団競技だが、あの人の理想とする戦略の核は、いつだって個人なんだ

【雪南】
連携というのは「必要に駆られた時」に引き出せばよい手であって、最初からそれに頼るつもりならば、一つが壊れた途端全てが瓦解する脆弱な巣にしかなれない。だから、個を引き上げることが最優先事項

【雪南】
全員が、圧倒的な個の力を以て、脆弱な思考の敵陣に風穴を開ける。その圧倒的・直線的な勢力を追求してきたからこそ、真理学園A等部男子バスケ部は大輪大陸において、色んな意味で不動の地位を築き上げた

【雪南】
要は特変みたいなもんなんだよ。入学式や歓迎祭の時みたいに、どんだけ数の力で押そうとしても、それを君らは個々の力でぶち開けただろう? アレが、ここのバスケ部の目指す所なんだ

【雪南】
誰にも頼らず、自分の力でこじ開けるということ。バスケ部に限らず、案外多くの組織で賛成意見が得られている考え方だ。真理学園らしいといえばらしいけど

【美甘】
……そんなバスケ部で、あの三重って女の子はどれくらい強いんだ?

【雪南】
……それがちょっと、複雑な話になるんだよねぇ
自販機で買ってちょっと凹んだバナナオーレの紙パックを更に潰してストローで吸いながら、一呼吸置く雪南。
その所作にイライラしながらも、次の、寧ろ本題へと謙一は耳を傾ける。

【雪南】
真理学園のバスケ部を全て任されてる明石顧問は、ぶっちゃけA等男子バスケ部のことしか頭に置いてない。彼の哲学に附いていける身体能力は、基本的にその枠の男子しか持ってないからだ。まあその枠に次代入っていくのがB等部の男子なわけだから、彼らも先輩の背中を追っかけるように、明石顧問の指導のもと日々軍隊のように頑張ってる。すると次代にしっかり明石顧問の気に入る男子バスケ部に入れてるわけだ

【雪南】
だが、女子はどうだ? これも勝手にぶっちゃけるけど、明石顧問は「バスケは男のスポーツ」って考えてるからね、女子なんて見たくないんだよホントは。だからテキトウにやらせてるし、真理学園バスケ部として最低限名を汚さないように強化はする。しかしそこに、教育熱は無い

【謙一】
……つまり、B等バスケ部女子のヒエラルキーは相当低いってことか

【雪南】
三重栞々菜という女の子は、そんな不遇な女子バスケ部に革命をもたらそうとしている。実力は、間違いなくその学年ではトップで、男子も凌いでいるかもしれない。流石にA等部男子に附いていくのはキツそうだが、さっきの練習風景にもあったように、いつか彼らをも凌ぐ強さを手に入れて一種の諦観に包まれた女子バスケ部を先導するリーダーになりたいのさ。勝利し、青春を手に入れるために

【謙一】
その辺りについては、特変とはあんまり関係無さそうだな……制度が発足されるよりも前から作られてる構造に不満があった……ソレを壊そうと一大奮起に至った切欠が俺たちだったというだけで
Kenichi
そういう利用のされ方も、これからきっと増えていくのだろう。

【雪南】
……しかし……これは僕の個人的な感情ではあるんだけど、仮に彼女が特変破りに勝利して、特変制度を打ち破り、何より女子バスケ部に注目を集め革命を起こしたとして……

【雪南】
それは本当に、彼女の為になるのだろうかってね

【美甘】
……? どういう、ことだ?

【雪南】
……そろそろ、かな
朧荼雪南はポータブルスピーカーをテーブルに置いた。
そしてワイシャツの襟に付けていた、とても小さなリモコンを、何やら操作した。
すると――

【???】
【人の声】「…………」

【謙一】
……お前まさか、盗聴かソレ

【雪南】
大丈夫、録音はしてないから

【美甘】
何も大丈夫じゃねえんだけど……って、この音。もしかして……

【雪南】
バスケ部、この日はGACのスペース取りに失敗してるんだ。15時にはもう空けなきゃいけなくて、それなら監督の午後出張に合わせて14時で終わりにしてしまおうって

【雪南】
現在時刻14時30分。本来ならば誰も居ない筈の204会場にて、音が鳴っている

【美甘】
ドリブルの音だ……誰かが、まだ体育館で練習してるのか

【雪南】
それと、もう一つ……バスケ部はGACの常連さんだから、特別に専用のロッカー室が貸与されている。そちらの音声も、聴いてみるといい

【謙一】
オイ待て、もしかして女子バスケ部の?
有無を云わせず雪南は接続先を切り替えた。