「特変」結成編2-5「束の間なお茶会(1)」
あらすじ
「エレベーターが壊れたってことは美玲さんの学園生活までフェイタルに壊れるでしょ?」スタジオメッセイのメイン作品『Δ』、「「特変」結成編」2章5節その1。特Bとのハラハラな特変破りも終わって日常へ。こっから5回は少し重めの休憩期間となります。
↓物語開始↓

【翠】
ある人は、音楽の力で他人を救う誇りを

【翠】
ある人は、家族の絆を象徴する大切な指輪そのものを

【翠】
ある人は、生きる意味を具現する、自慢の武器さえも。人生を

【翠】
週一で特変が、ぜーんぶかっさらっちゃうわ~☆ 一年経ったら普通に皆、一人一個は、何かを失って卒業しちゃうわよね~

【学生】
そんなッ、そんなこと、許されるのか!?

【学生】
巫山戯んな、何で俺らがそんなの受けなきゃいけねえんだ!

【翠】
……じゃあ、どうする?

【翠】
――自分で取り戻しましょうってことね
Unknown
勝ち取ってきた。
生きる為に勝ち取ってきた。それが人生だと。
私は、この学園で勝ち取ってきた。それが成功だと。
Unknown
……積み重ねてきた、成果。
私の輝かしい筈の“人生”が――
Unknown
その日、勝ち負けすらも介さずに、奪われた。

【翠】
さて、そんな特変の……ご登場~、壇上に注目~
Unknown
コイツらに。

【謙一】
お前らが特変破りで買ったら、ルール通りに願いの実現に全力を尽くす

【謙一】
特変の解体も、銘乃政権解体も、その他諸々

【謙一】
できないことはあるだろうけど、できることは必ず実現させる

【謙一】
だから――俺らに勝ってみろよ
Unknown
……壊す。
Unknown
コイツらは、ぶっ壊す。
Unknown
私が勝ち得てきたモノを、私に勝ちもしないで戦いもしないで、勝手にその手で掠め取ったお前らを許さない。

【珠洲子】
特変破り……?
Unknown
くだらない、どうしてそんなものに則る必要がある。
お前らは汚い。だったら私がお前らに寄り添う必要がどこにある。
完膚なきまでに、全員。
Unknown
叩き、潰し……

【珠洲子】
ッ……
Unknown
私は……取り戻すんだ……

【情】
…………
Unknown
私の、生きる、意味……を……
Stage: 一般棟 外

【美玲】
…………
Mirei
…………。
…………。
…………。

【美玲】
…………え?
鑓多美玲は、目が点になっていた。
いつもの朝の学園、梅雨現象入りした優海町はそれでもすっきり晴天で矢張りいつもの光景、そんな中いつもの流れで一般棟のエレベーター前へとやってきた鑓多美玲は、目が点になっていた。
ここだけ明らかに昨日までと違っていたからである。

【美玲】
え、何で……故障? そんな、昨日まで全然そんなことなかったのに……

【美玲】
どうしよう……コレ、この朝どうしちゃおう
Mirei
エレベーターが動かないのは事実で、私がこのまま動かなくても何も事態が動かないのも事実で、つまり私が動かなきゃいけないのだけど……。
職員棟で誰かに助けを乞うっていう手もあるけど、良い先生を捕まえられるかっていう運要素が大きい……上に上がれば皆崎先生あたりを見つけられるかもだけど、その前に階段を昇る必要があって……。

【美玲】
階段を使う。それが私にとって見逃してはならない問題。

【美玲】
……………………

【美玲】
サボっちゃおうかな☆
鑓多美玲は朝っぱらから考えるのは嫌いだった。

【謙一】
いやいやいやいや……
Kenichi
何か偶然ポスト近くのエレベーター前で見たことある人が立ち尽くしてるのを見かけたかと思えば、その人らしからぬとんな不良発言が聞こえてきた。
思わず第一声は中途半端なツッコミ、というか不満と文句の感情が漏れただけだった。
それでも静かな朝の空間に自分以外の音はよく響いた。
無論、美玲も気付いて、それで硬直した。左胸を両手で鷲掴みにした。

【美玲】
!!!!

【謙一】
え!?
Kenichi
俺に気付いて美玲さんがこっちに振り返ったかと思ったら、胸に強く手を当てて声とか諸々を押し殺しだした。
Kenichi
ちょっと、いやだいぶ予想外なリアクションであった。

【謙一】
み、美玲さん? 大丈夫……?

【美玲】
――――――――
極めて慎重に、ゆっくりと深呼吸を済ませて……
1分ほどして、鑓多美玲は一番深く息を吐いて――ようやく手を胸から外した。

【美玲】
……だいじょーぶぅ……

【謙一】
いや、全然大丈夫そうには見えなかったんだけど……

【美玲】
おはよ、井澤くん。今日も良い天気だよね。体育日和。シューも美味しく食べれそう

【謙一】
シューはいつ食っても美味しいでしょ、少なくとも美玲さんだったらそんな気がする

【美玲】
そんなことは無いんだよねーこれが……医者さんからキツく云われちゃうから。食べ過ぎーって

【謙一】
食べ過ぎ……? 医者? 美玲さん、何か持病でも?

【美玲】
ある意味持病かなぁ。特定の病気ではないんだけどね、身体弱いんだよねー

【美玲】
少しでも心拍を上げちゃうと、命の危険が~……みたいなこといっつも云われてる

【謙一】
え?

【美玲】
運動とかほぼ全面的に禁止されるし、食事制限も半端ないし……窮屈だったり退屈だったり

【美玲】
ま、井澤くんたちが楽しませてくれるなら、ちょっとは特変制度に有難く思っちゃうかもね
Kenichi
穏やかに冗談めかしたように美玲さんは説明した。
Kenichi
要は……心臓を中心として至るところが虚弱。
だから身体の変化に対する耐久性が一般人と比べてあまりに低い……言葉通り致命的なほどに。
この朝の場面であればまず困るのが、6Fへ行くこと――階段を使うこと。
身体が、階段を昇るという負担に耐えられないかもしれない。

【謙一】
そうか、だから美玲さんは登校時にエレベーター使用なのか……
Kenichi
……内心では、そんなことを考えられるほど情報が処理できていなかった。
Kenichi
突然過ぎる美玲さんの事情。さっきの俺が意図せずやらかした事の重大性。
Kenichi
思わず今度は俺が胸を鷲掴みに……いっそ何かを握りつぶしてしまいたい、そんな一瞬の衝動があった。

【美玲】
…………

【美玲】
井澤くん、優しいなぁ。私はいわば敵なのに

【謙一】
え?
Kenichi
……いつの間にやら、美玲さんは笑っていた。俺を見て。
もうさっきのような緊急の表情は見られなかった。やけに穏やかで……

【美玲】
ありがとね、朝からこんな面倒なお姉さんの事情に付き合わせちゃって
Kenichi
優しい、完成された微笑み。

【謙一】
……………………

【美玲】
結構時間経っちゃってるね、私エレベーターで上行くから、井澤くんも階段で、また会おうね

【美玲】
あっ、競争とかしちゃう? どっちが先に6Fに着くか~、みたいな

【美玲】
これなら私も勝算あるかも。いっそ特変破りにしよっかな~、なんてね!
Kenichi
穏やかだ。実に完成されてる。
実に――

【謙一】
…………

【謙一】
……巫山戯ろ……
Kenichi
――ムカついた。

【美玲】
え……?

【謙一】
美玲さん、その勝負をした場合にいつになったらそのエレベーターで6Fに到着するんですか? 明日ですか? 一週間後ですか? 1ヶ月後ですか?

【美玲】
あ、あの~……?
Mirei
あ、あっちゃーダメだ、井澤くん気付いてたんだ……でも、いつの間に貼り紙見たんだろ、私がさりげなく隠してた筈なのに……もしかしたら見てないけど推測できちゃったのかな。凄く賢いらしいし……。
Mirei
でも……何で、井澤くん、怒ってるんだろ……怒ってるんだよね、コレ……?

【美玲】
あははは……ごめん、なさい……
Mirei
取りあえず謝っとこう。
謝っておけば何とかなる社会です。

【謙一】
……………………
結論から云うと、コレは火に油を注いだのだった。

【美玲】
…………

【謙一】
…………

【美玲】
…………

【謙一】
…………
鑓多美玲は、朝を過ごしていた。
まだ登校は完了していないが、着実に6Fへと近付いていた。
因みに今、具体的には彼女は階段を昇っていた。階段をゆっくり下ることはあっても、その速度で上がっている景色は彼女にとっては不思議そのものだった。

【美玲】
……すーー……はーー……

【謙一】
深呼吸? もうちょっとペース緩めた方がいい?

【美玲】
……う、ううん……寧ろ、もっと速くて、いいかな……
Mirei
だって恥ずかしいし!!

【謙一】
それは無理かな、背中を揺らさず階段を走るってのは流石に経験無いから

【謙一】
あっ、もしかして俺におぶられてるの他の人に見られるの恥ずかしい的な? 確かに特変だからな……あらぬ誤解で美玲さんを困らせかねないか

【美玲】
あ、あらぬ誤解って……?

【謙一】
対特変クラスである特Bに所属してるにもかかわらず、特変に助けられてる……虎の威を借りている、なんて思われちゃ俺も胸糞悪いし

【美玲】
…………
Mirei
秋都さんや、コレは大変だねー……
人の心配をしている暇は美玲には無かった。
コレは、間違いなく平常を逸した出来事だからである。

【謙一】
美玲さん、移動教室とかどうしてるの? やっぱりエレベーター使ってる?

【美玲】
え? うん……昇りは必ず、下りは1フロアぐらいだったら、ゆっくり階段も使ってるかな……でもどうして?

【謙一】
どうしてってどうして? エレベーターが壊れたってことは美玲さんの学園生活までフェイタルに壊れるでしょ?

【謙一】
流石に今日で修理し終えるのは無理だろうから、対策は必須でしょ

【美玲】
あの、確かにそうかもだけど、そこまでしてもらわなくても――

【謙一】
そういう思考ばっかりするんだったら、黙って深呼吸だけしててください

【美玲】
う……
Mirei
超怖い……
やっぱりマジメに怒ってるよ井澤くん、私なんか悪いことしたかな~……

【謙一】
…………
Kenichi
あの時は美甘を背中に乗せて……そして最終的には泣かせてたなぁ。
今は美玲さんを乗せてて、それで、震わせている。
Kenichi
ムカつく。
Kenichi
何に対してムカついてるのか。
Kenichi
俺の奥底をほじくり返すような美玲さんの言動か。美玲さんがその言動を取らなきゃいけなかったことか。美玲さんをそうさせた甚だ最低な俺自身か。
Kenichi
何にしても、自己嫌悪。
Kenichi
俺の言葉はいつもいつも凶器で……言葉と感情との適切な比率がどうしても保てない。
Kenichi
そんな俺が、まず誰よりも死んでしまえばいいと思った。
当然、そんな過激でどうでもいい感情は間違っても背中のお姉さんに伝えること無しに、別の言葉を紡ぐ。

【謙一】
ま、どうにもならない場合は少なくとも本日は俺がこんな感じでリフト代わりになるってことで

【美玲】
えっ!?

【謙一】
あっでも美甘に頼むのも手だな……俺も同行した方がいいかもだけど、女子陣ではパワーファイターなわけだし。アイツ以外で候補と呼べる候補もいない……一応頼んでみるか。それでダメなら今度こそ俺だ

【美玲】
いや、あの、わざわざ特変の皆さんを巻き込まなくても――

【謙一】
美玲さん小柄で軽いとはいえ、女性陣は抜かすでしょ。すると特Bで候補にあがりそうなのがあろうことか朧荼だけになる。つまり全滅だ

【謙一】
だったら次に頼るべきはお隣さんでしょ。いい加減聞き入れなさいな

【美玲】
……………………

【美玲】
……どうして、そこまで……

【謙一】
……………………
Kenichi
強く、口を閉じた。
肉が歯に挟まれ、鉄の味が匂った。

【謙一】
……着いた

【美玲】
え……あ
そこは、6Fだった。
ひとまず鑓多美玲は登校することができたのだった。

【美玲】
……井澤、くん……

【美玲】
その……ありがとう。すっごく、助かりました……

【謙一】
……うん
美玲を下ろした謙一は、踵を返した。
再び階段を降りる、ということである。

【美玲】
え、あれっ何処に……?

【謙一】
……用事ができたんで、ちょっと戻ります

【謙一】
あとで美甘にも話はしてみるんで、まあ、後で教室寄ります。授業スケジュールとか把握しておかないといけないし

【謙一】
じゃ……また後で。
血の溜まった口を閉じたまま、微笑みを返し。
井澤謙一は足早に降りていった……。

【美玲】
…………井澤くん……
Mirei
何だろう……
深呼吸しても、全然、晴れない……戸惑い?
Mirei
何で井澤くんは、私に怒ったんだろう。
私の振るまいの何に、問題があったのだろう。

【美玲】
私……なんかが……ねえ、フースイ?

【美玲】
フースイなら、分かる……? 何が起きてるのか……

【美玲】
コレも、特変、なのかな。特変でやっぱり、何もかも変わったってことかな

【美玲】
……特変って、何だろう
Mirei
……彼は、何なんだろう――