「特変」結成編2-3「合唱(3)」
あらすじ
「分からないよ。だって、彼らはどこまでも私にとって未知の領域なのだから……」スタジオメッセイのメイン作品『Δ』、「「特変」結成編」2章3節その3。ようやっと特変の合唱「INVISIBLE SCORE」が始まります。色々と頑張った回ですが、とても恥ずかしいので曲の方はどうか気にしないでください///
↓物語開始↓

【謙一】
刃を持て――!!

【特変】
「「「ぶっ壊す!!」」」
それは、何かの始まりを告げる――
災害の如き、不可避不可抵抗の音であるように、誰もが思った。
事実、確かに始まりだった。

【町民】
「「……!?!?!?」」」
観客たちは次々と気付く。

【譜已】
よいしょ、っと……
あの学外でも傍若無人で有名な銘乃翠学園長の、反面教師な性格をした長女が――
手足など全体的にスッキリと健康的で細い肌を露出させる一方で、その両の手に薄手のカットアウトグローブを装着し、
コードを繋げられたギターを肩から下げている!!

【柚子癒】
な、ななな……!?

【美玲】
あの子……ギター、弾けたっけ……?
次々と印象の波が観客を襲う一方。
謙一は右手をゆっくりと上げ……
それを見た者たちの、動揺の声を押し殺させる。
しかし彼が指示したのは後方の観客でなく……

【謙一】
(さあ、いけ!)
ソロパート。
上げた右手を、力を籠めてゆっくりと、一人の女子へと下ろし向ける。

【乃乃】
AMAZING…――
ラップと聞いていたのに、最初に響いたのは美しい旋律であった。
とても長い伸ばし。[E]言語であることは何となく理解されるが、それにしても一単語が、終わらない。
目を閉じ耳を澄ませるほどに、特変設置のものとは関係無い、ホールのスピーカーから流れる佐伯乃乃の響きはあたかも透ける程薄い絹布のよう。
目を開きその歌声の持ち主を見れば、絹布のベールをひらひらと舞わせ立つ、このホールが見窄らしく思わされるほどの、美しい女神――
――ではなく、佐伯乃乃。
矢張りそこに立つのは、繊細さなど火に燃やしたか水に流したかしたのであろう、楽しいカラー配分に身を包んだ佐伯乃乃である。

【乃乃】
ENEMA…――!
二単語目。音源も伴奏も未だ流れず、今この時は自由気儘に、彼女が歌う独壇場であった。
「実はボーカリストでした」なんて云われても思わず納得するであろう、歌声。規則乱れぬビブラートが、風と森の合流する空気を脳に映す。
「AMAZING ENEMA…!!(直訳:驚くべき浣腸)」という意味不明も甚だしい歌い出しにツッコミを入れる余裕など、嫌がらせの女神佐伯乃乃は与える余地も残さないのである!!
……10単語にも満たない1分弱のソロパートが終わる。
それと同時、謙一は左手で軽く胸ポケットを叩いた。

【謙一】
(光雨、頼む!)
途端――バックに設置した大きなスピーカーたちが起動し、
4つのうち2つが大きく音を鳴らし始める。
イントロが進み、やがて――

【譜已】
……!!
銘乃譜已の指が、忙しく動き始める!

【町民】
「「おぉおおおおっっっ!!!!」」」
残り2つの、一回りサイズ小さめ、それでも大きいスピーカーからビリビリと耳を刺激するギター音が飛ぶ!!

【美玲】
うわわっ、本当に弾いてる……!?

【雪南】
――いや
Yukina
これは用意された音源。
忠実に指を動かしているものの、実際には彼女は弾いていない。一人だけグローブを身に着けていたのは、彼女の指を弦で傷つけない為の謙一の気配りだろう。
しかし演技とはいえ、口パクとはワケが違う。恐らく彼女は相当、動き方を練習してきている。
本格的な装備と動きでますます観客を魅了し、印象を根付けるつもりだ!

【奏】
ほらほらー! 譜已ちゃんが折角ここまで盛り上げようとしてくれてるんだからさー!!

【奏】
手拍子くらいお願いだよ、お客さーん!! はい、はい、はい、はい、こんな、感、じー!!

【美甘】
よろしければ、彼女の手拍子に合わせて皆さんも参加してみてください……!

【美甘】
みんなで、合わせる! それが、合唱だから……!
更に、奏が跳躍し、手を叩く。
これまた楽しそうな異世界ファッションな二邑牙奏による全力元気な、お誘い。それに加えて堀田美甘の露骨なアナウンス。
許しは出た。観客の中で、まずノリの良い若者やおっちゃんが、そのリズムを助長していく!!
これでドジっ娘二邑牙奏が、リズム乱れたとしても、盛り上がった観客は各々の感覚、そして周りの空気という補正で殆ど変化無い手拍子を継続することができる。
そのリズムが仮に遅かったり早かったりしても、音源がイヤホンから爆音で流れてる特変面子は最初からアテにしていないので大した問題じゃない。お客を巻き込み、彼ら自身が参加したという合唱印象を組み込むのが最大目的である!
そして、音源が少し静かになる――それと同時、
秋山志穂の独壇場が始まると同時、疾走する。

【noname】
【町民】「おおかっけえ!! 何云ってるのか分かんねえけど超速え!」

【noname】
【町民】「とても食あたりで不調とは思えねえな!!」
当然の如く[E]言語。
先の佐伯乃乃とは対であるような、高速の口調。それは相当[E]言語のラップに慣れ親しんでいる者でないと太刀打ちできないが、滅茶苦茶を喋っているわけではないと分かるものだった。
サーモンによる不調だということをまるで忘れたかのように、冷酷とすら思える一気呵成の集中攻撃! 井澤謙一の大まかな拍強調、それによる速度調整を多少考慮に入れるだけで、彼女は勝手に蹴り上げ、忍のように跳び舞い、突っ走っていく。秋山志穂とは、そういう女子なのである。
やがて謙一は志穂タイム終了が近付くにつれて、一人にアイコンタクト。
充分心構えの時間を与えたところで、右手の平の場所を一気に移動する――!

【奏】
THE WORLD, THE VICTORY THAT I ENJOYED――!
二邑牙奏が担当する、メロディパート!
[E]言語オンリーなのは変わらず、しかし彼女に若干合わせた歌詞量。[J]言語調の発音になりがちなのを恐れず、歌詞から滲み出ちゃってるかのように、元気に楽しく歌いきる!

【沙綾】
PARDON?? NO WONDER, THE ROOT IS THAT PERSON WHO ROBS AND PERSON WHO ARE ROBBED――
そのメロディパートを引き継ぐように、今度は遠嶋沙綾が出陣する。
しかしその歌詞と歌唱態度は二邑牙奏とはまるで真逆。面倒そうな態度を特に隠すつもりもなく、直立することなくテキトウに歩き回り、かーくんに手を振り、やりたい放題にやる。
それでも額をピクピクさせた謙一の少ない指示には合わせ、完璧にリズムに乗り、自由気儘な黒猫は次のラップへとバトンタッチ。
Nagi
実際にバトンタッチする必要あったのかしら。
何故か歩いてきた沙綾に筒状の棒を渡された烏丸凪は、それを疑問に思いながらもステージ裏へと投げ捨てる。
その極めてどうでもいいイベントの間にも、魔女風味な容姿と空気を軌跡不明なまま充満させる彼女の抑揚の無い独特なラップが紡がれていた。
――「私の平穏を乱さないで」。
彼女はどこまでも、その一線からブレないのである。

【謙一】
(流石だぜ、凪……さあ、もう1回出番だぜ――)
Kenichi
アイコンタクト。

【乃乃】
フフッ……!

【謙一】
――!
Kenichi
コイツ……
すっげえ、楽しそうだな……!!
脱線しそうな意識をすぐに掴み集め、
手のひらを再び歌姫もどきの佐伯乃乃へ!! メロディパートである!!

【乃乃】
OK, PLEASE ME! REVEAL A REACTION SO AS TO ME GET OUT OF ORDER SO AS TO BREAK ME!
曲の始まりに纏っていたようなシルクの姿は完全に、何処にも見られない。譜已の演出し続ける疾走音が、奏たちの紡いだ言葉の勢いが、ベールを剥ぎ取り、見た目通りに彼女を解放させる!
熱を籠め、躍動する歌姫! 相変わらず酷い歌詞を、気持ち高らかに、官能的とさえ云えるほどに艶やかに、歌い上げる!
最後の一単語、乃乃は再び大きく伸ばす!!
ギターの疾走が、僅かに静まり、BGMも突然活動を潜め――

【謙一】
(――勝手に暴れな!!)
非情の王が、君臨する。

【町民】
「「――!!!!」」」
細かな思考回路が溶かされるほどの熱気で、何となく手拍子を続けていた観客たちは、このパートに入ってその手を控えざるをえなかった。
これまでのラップとは異なる、尋常じゃない量の抑揚とドスが利いた、ラップ。というか最早語りに近い。
見た目の時点でそうなのに、触れれば粉々に吹き飛ばされる――そのような確信。誰も彼の道を邪魔できない。それがドストレートに表現されたことによる、椅子に座ってるだけなのに生死の境を綱渡りしてるんじゃないかというレベルの容赦ゼロの緊張感。
まさに衒火情。そう評価するしかない完成度。しかしそれに対し、井澤謙一はなおも指揮台に立っていた。
その右手を、真っ向から衒火情に向けて――!

【秋都】
け、謙一くん……!!
Akitsu
殺される、死んじゃう……そう、思わずにはいられない中で……
一番ソレを感じそうな、あんな所で立ち続けてる……
Akitsu
……ああ、やっぱり凄いなぁ……
謙一くん、あんな怖い人とも……

【謙一】
ヘッ――!

【情】
フッ……
Akitsu
仲良く、なれちゃうんだ――!
衒火情の語りが終了した、8小節後に、ほぼほぼ掻き消されていた音源が、ギター音がボリュームを再び上げていく。再び奏が、元気いっぱいに手拍子を促す。
そして、サビ前のメロディパート。担当するのは、真理学園生からすればある意味一番意外な一員。

【美甘】
(よし、行くぞ……!)

【謙一】
(コクッ)
謙一の目と手の導きに応じ、堀田美甘が弾ける……!
合宿時に1年面子は思い知ったわけだが、それ以外の学年の者たちはそもそも彼女が喋り、誰かと関わっている姿に現実感を抱けずにいた。
それでもコレは現実であり……現実として、彼女はパワフルに歌い上げている。Tシャツ+ショートパンツ+レギンスというボクシング仕様で真っ直ぐ懸命に立ち、情の強烈な語りを少し引き継ぎながらも、背後の音源に溶け込むように……
幾度と謙一を補助してきたバランサーが、盛り上がりを維持したまま、静かに曲を進める。
譜已が弾き姿を抑え、爆発的なパート移行へ準備する。
まるで地震――溜め込まれたエネルギーがいつ、発散されるのか!
観客たちの焦りと歓喜を謙一は背中から感じていた。
Kenichi
焦るなよ。俺は焦るなよ……!
一番ミスっちゃ落ち込む所なんだからな!!
3人にアイコンタクト。
左手で拍を軽く打つ。3人が、イヤホンの音源とその拍を結びつけ、一歩前に出る。
一番盛り上げるべきパート。ほぼラストスパート。
サビである。

【奏】
HAVING THE THING――!!

【沙綾】
WHICH IS IMPORTANT FOR EACH PERSON――

【譜已】
THERE ARE TOO MANY HUMAN IMPORTANT THINGS!!
ギター音が大きく疾走し、3人が同時に歌い出す! 百歩譲って漸く合唱らしい合唱が、ここぞというタイミングで展開されたのだ!
因みに譜已は依然指を止めておらず、弾きながら熱唱、という一番大変な箇所に入った。しかも3人の中で一番意外性の高い人物ゆえ、一番注目される。
何より観客がこの時驚いていたのは、「ギター弾けるんか!?」よりも「超上手えってか、かっけえ!!」であった。

【美玲】
アニソンシンガーあたり、いけるんじゃないかな譜已ちゃんは~……
Mirei
何だかんだいって本番には強いのがあの子。
一度集中しだすと、その本番をどれだけの人が見ていたとしても、気にならなくなる。ただ自分のやるべきことに、直向きになって他は殆ど何も見えなくなって……ホラ、今だって他の二人を置き去りにしてアレンジ加えちゃったし!
Mirei
何というか、こういうところを見ると、あの学園長さんの娘なんだなって思わされる。
ほぼ譜已の独壇場。それが少し続いたかと思うと……

【noname】
【観客】「「「!!!!」」」
今度は他5人が一歩前に出た。
つまり――全員!

【謙一】
――!!
右手、左手を強く握りしめ、謙一が精一杯に力を籠めて、仰角45度の空を殴る!!
明らかに、一番の盛り上がりへと観客を誘う!!

【特変】
「「「BLADE! PEOPLE IN SEARCH OF TRUTH,」」」

【特変】
「「「ACHIEVE THE PREPARATIONS THAT ARE NOT SUPERFICIAL LIKE US.」」」

【特変】
「「「BREAK! WITH A WISH,」」」

【特変】
「「「FACE EVERY WORLD――」」」
繰り返される。
各々が、やりたいように動き回り、時には誰かと手を繋いだり、時には誰かと殴り合ったり。
誰かは会場のたった一人に投げキッスしてたり、誰かは即席の嫌がらせを思いついてギターとボーカルで忙しい女の子に粗相をかましたり、誰かがそれを引き離して裁いたり、誰かが食あたりで限界寸前になって全身痙攣しだしたり、そこに誰かが駆けつけようとして躓き頭突きをかましたり、誰かが騒がしさの余りイライラして貧乏揺すりし出したり、一方で誰かは全く直立のまま抑揚も無く歌い続けてたり――
これほど混沌とし、不綺麗な合唱もそう無いだろう。
しかしそれでもこれは合唱であった。

【翠】
本当に、よく働くわねー♪
何故そうなるのか、銘乃翠は一切疑わず結論づけていた。
ある年度のあるクラスがやらかした、ただただ混沌とした不協和音とは一線を画す理由。
両者の決定的な違い、それは――

【謙一】
(お前らホント、やりたい放題やりやがって――ってああ、情の貧乏揺すりで床に穴が……!!)
Kenichi
弁償とか嫌だよほんと俺……?
――指揮者が居ること。
それも、ただ指揮棒を振る機械的な存在ではない。自らもまた自我を出し、全員のソロパートを真っ向から受け止め、最低限のコミュニケーションを作り出し、全員を見失わない。
そこには合唱でイメージされる、ピアノ線のような細かな張りの強さ、そして美しさが欠片も感じられず、彼らの選んだ合唱はどこまでも破壊的だった。

【目羅】
……………………

【柚子癒】
……え? ちょ、何で、泣いてるの!?

【目羅】
…………さあ、ね……

【目羅】
分からないよ。だって、彼らはどこまでも私にとって未知の領域なのだから……
しかし逆説的に、ソレを美しいと感じる者も少なからずいた。
極めて完成された一曲。行き着く先が分からない、。それは他でもなく特変だけが歌いこなすことのできる必殺であり、まさにオリジナリティの具現だった。
つまり、井澤謙一の言葉は結局真実と受け止められる。
評価は確定した――

【キャロ】
1年の部、最優秀賞は~……

【キャロ】
特進選抜Aクラス、特変です~!!
町民票得票率、9割以上。
特変の圧勝である――!!