「特変」結成編2-1「ダメイド(1)」
あらすじ
「遅刻なんぞしようものなら、何云われるか分かったもんじゃねえからな……教師、ではない。アイツらにだ……」スタジオメッセイのメイン作品『Δ』、「「特変」結成編」2章1節その1。案の定疲れまくった真理合宿から週が明け、井澤謙一くんのいつもの朝がまた始まります。登校する間も彼は色々と考え耽っているのです。
↓物語開始↓

【猫?】
我が輩はあぁあああああああああああああっっっ!!!!! 猫でえぇえええあぁるうぅううううああぁあああああああ!!!! 名前はあぁあああああああああまだあぁあああああああああ――

【謙一】
うるっっっせえぇえええええどうせ無いんだろ知っとるわあぁあああ!!!
なんとも文学的な目覚まし時計に対して全力チョップで挨拶しつつ、本日も彼の朝が始まった。

【謙一】
はぁ……はぁ……

【亜弥】
んん……おはよう、ございますぅ…兄さん……

【謙一】
ああ、あはよう……悪いな、毎朝毎朝騒がしくて……

【亜弥】
いえいえ、最近毎朝、情熱的な兄さんの声が聞けて、目覚めの素晴らしい朝です

【謙一】
俺は最ッ高に目覚め悪いけどな……
Kenichi
卒業祝いで貰った目覚まし時計は正直俺と相性悪いみたいだった。
元々あった物が壊れたタイミングで手に入ったから有難い気持ちで使ってたけど、ケチってないで新しいの買おう……。
始まりを告げる朝ぐらい、すっきり始めたいタイプなんだ俺は。

【亜弥】
それじゃ、朝食の準備をしますね、兄さん

【謙一】
よろしく、亜弥
いつも通り亜弥がダイニングキッチンにて使命を全うしている間に、謙一は学園へと向かう準備を着々と進めていく。

【謙一】
あ、ヤベ……
Kenichi
もう既にワイシャツやズボンに綻びが……入学してまだ1ヶ月で買い換えはしないが、使い回すにも限界が見えてきたかもしれない。
目覚ましといい制服といい、今月か来月はちょっと出費が大きくなりそうだな……いや、もっとこれから俺の身の回りの消耗は常に激しいのかもしれない。朝っぱらから胃が爆発しそう。
そんだけの金があるなら、DVDボックスとか買えるかもしれないなぁ……そんな例えだしたら辛さも増すなぁ。

【謙一】
仕方無い仕方無い……贅沢は敵だ

【亜弥】
兄さん、準備できましたよ

【謙一】
ん、今行く
Kenichi
ダイニングテーブルには湯気立ち昇るの微妙な輝き。
その茶碗の周りに、三種の小皿。
納豆。卵黄。酢漬けの輪切りキュウリ。
これはすなわち、納豆や卵、酢の効いたキュウリを以て食すべき白米である。
云い換えれば、納豆TKG feat.酢キュウリなのである。

【謙一】
おお……三種の神器……

【亜弥】
そしての天麩羅とお味噌汁です。これで、足りますか?

【謙一】
充分だぜ、マイシスター

【亜弥】
えへへ……
デキる妹を撫でつつ、謙一は食事を開始する。
最適な登校時間から逆算した結果、食事に費やせる時間は15分程度。
その間、二人は朝の会話を楽しむ。

【亜弥】
兄さん、疲れは取れましたか?

【謙一】
んー……分からん
この日は月曜日。
真理合宿から帰ってきて最初の週明けである。

【謙一】
贅沢に土日使って家でゴロゴロしてたから、まぁやれるだけの休息は取ったよな

【亜弥】
ちょっと、心配です……先週末の兄さんの姿には驚きましたから……
Kenichi
合宿から帰ってきて、そしてこの家に帰ってきて、俺はまず寝た。その光景を見ていた亜弥からすれば寧ろぶっ倒れた、って感じらしい。
Kenichi
んで、土日も起床はしたけども、何かやろうという気力が出ず、妹の膝枕で日中を過ごしたのだった。今思うと、亜弥の膝が壊れてないのが不思議なくらいだ。申し訳なかった。

【亜弥】
きっとまた、盛大に無理されたんだろうなと……

【謙一】
大丈夫大丈夫、森に落ちただけ

【亜弥】
森に入るなら兎も角、森に落ちるというのが私には想像できない現象です……

【謙一】
まぁ、確かに常識的じゃない事態だったから亜弥は知らなくていいんだ

【亜弥】
私は、何でも知りたいですよ?

【亜弥】
兄さんが、教えてくださるならば。兄さんに関わる一切全てを

【謙一】
…………
Kenichi
コメントに困る。
ということで、話題を逸らす。

【謙一】
亜弥、ちょっと尊敬語が出てきてる

【亜弥】
え? ……あ
突然の指摘に亜弥は、今の会話を、具体的には自分の言葉を思い返す。
そして指摘されるに値する該当箇所を認識したようである。

【亜弥】
すみません……まだ、意識してないと、出てくるみたいです……

【謙一】
ま、深刻な問題ではないだろうけどな

【謙一】
俺的には敬語全部取り除いてくれていいんだが

【亜弥】
そ、それは、極めて難解な課題だと見なします……

【謙一】
だろうな。ま、焦る必要も無いし、ゆっくり慣れていってくれればいい
Kenichi
絶対に無視できない問題ではあるが。
Kenichi
それを考える時間は、登校前の朝に用意していない。
その後、最適とは決していえない歯磨きを急ぎ行い、本日の持ち物を最終確認し、

【謙一】
“宣言:物匣接続:謙一――
その持ち物を、“物匣”へと入れる。

【謙一】
んじゃ、行ってくるな
Stage: 通学路

【謙一】
んー……だいぶ暖かくなってきた気がするなぁ
Kenichi
の分かれ目を気温で感じ取るってのは割と意識しなくても毎年やってしまう挑戦だ。そして、俺は大体失敗している。「気付けば」気温上がったなぁ、とか寒くなったなぁ、とか。
Kenichi
俺の一番好きな季節は秋だ。暑すぎもせず、寒すぎもせず。きっと大半の人が一番気温的に過ごしやすい季節で同意してくれるだろう。
だけど秋は、どうにも感じにくい。丁度良い気温は、パッとしない特徴としても認識される。それは春だって同じじゃないかと云えるが、俺の場合「花粉」という最悪なインパクトが春に結びついてる。コレに匹敵するものが、ぶっちゃけ秋には見当たらない。
Kenichi
だったら俺は別に秋が好きなわけじゃなくて、消去法的に秋が過ごしやすいんじゃないかと考えているだけなのかもしれない。
Kenichi
……けど、何故か俺は「秋」に、よく分からない特別感を抱いてる、気がするのである。
相変わらずパッとしない、優柔不断に結びつきうる解釈である。

【謙一】
……何だろ、何かを忘れてる気がする
とか呟き思考しながら、に乗って通学路を滑走している謙一。
その道のりは平均20分。信号に捉まりまくる等何らかのアクシデントに見舞われれば25分程度。
そして本日はどうやら25分コースとなるようだった。
クタクタになりながら、謙一はコクローから降りて、一般棟エリア正門を通って右に曲がって森を進むと見えてくる駐輪場に駐車させる。
Kenichi
確かにスピード出してなかったとはいえ、バイク走らせている人に普通道を訊こうとするかね。
まさかおばあちゃんが病院の場所を訊きたいがために前面に飛び乗ってくるとは誰が予想できようかね。
お陰でもう5分くらい遅れてしまった。それでも遅刻となるにはまだ時間があるけれども。

【謙一】
遅刻なんぞしようものなら、何云われるか分かったもんじゃねえからな……
Kenichi
教師、ではない。
Kenichi
アイツらにだ……
Stage: 一般棟
一般棟に入り、階段を昇っていく。
1Fから、6Fへ。
彼の居場所は、6F。
その事実を再確認して、ため息をつきながらも……
謙一はその教室をの前扉を開いた――

【謙一】
おはよーさーん
がらがら。

【乃乃】
お覚悟を――!!!

【謙一】
!?!?!?!?

【謙一】
貴様そこになおれ
奇跡的に立ち直った謙一は取りあえず怒り心頭を犯人にぶつける。

【乃乃】
私の尊敬します謙一さんには是非とも清々しい朝の始まりを届けたいと、ふと思い至った次第です

【乃乃】
いわば、アレです。善意でヤりました
(ロ_ロ)ゞ

【謙一】
何で善意を向ける対象に「お覚悟を――!!!」なんだよ
Kenichi
あと、ふと思い至ったって結局のところつまりその場のノリでやったってだけだよね。十中八九嫌がらせの正当化で拾った思いつきだよね。
Kenichi
ということで有罪で確定。
謙一は少女を床に押し倒し目の周りを、手のひらに善意の暴力を籠めてマッサージしてあげた。

【乃乃】
ヺヺヺヺヺヺヺヺヺヺ……!!!!

【奏】
朝っぱらから仲良いよねパイセンたち~

【譜已】
い、痛そう……

【謙一】
おはよう。清々しい朝だな

【美甘】
何てコメントすればいいのか分かんないよ謙一……
Kenichi
全員既にこののにて着席してる。どうやら俺が最後だったらしい。
……つまり俺のお尻が清々しい朝をプレゼントされる光景は見られてたってことか……

【謙一】
皆、今見たことは全て忘れてくれ

【沙綾】
だいじょーぶよー。全然興味無かったし、別の話してたしー。動画は撮ったけど

【謙一】
なおタチ悪いわ
押し倒して動画を消させた謙一だった。

【沙綾】
リーダーって案外強引よねー……

【謙一】
このクラスで弱気になってたら生き残れねえだろうが

【沙綾】
その言動に色気が無いのは分かったけど、それでもそれくらいやれる積極性はかーくんに分けてほしいわねー

【謙一】
んで、何の話してたんだ? 志穂が朝起きてるとか俺軽く戦慄してるんだけど

【志穂】
蹴るぞー

【沙綾】
面白い話でもないわよー。これこれ
沙綾がアルスの画面を謙一に見せる。
そこにはニュース記事が展開されていた。
「「人工呼吸なんて最悪」英雄男子大学生訴訟される」

【沙綾】
ユストビで、原因は分からないけど女性が心配停止に陥ったの。周り大パニック

【沙綾】
そしたら偶然通りかかった男子大学生が、誰もやらずにいた心肺蘇生法を実践したわけ

【沙綾】
その中に含まれてる人工呼吸も、状況が状況だからマウストゥマウスでやったら、そこ盗撮した人いてねー

【奏】
盗撮してる暇あったらAED持ってこいって話だよねー。あ、それは他の人行ってるのか

【奏】
ていうか、そっからどうして訴えられてるの?

【沙綾】
拡散しちゃったのよその画像をSNSでー。結果、普通に助かった女性もその光景を知ることになってね

【沙綾】
顔も丁度映ってたし、「こんな人とキスしたのか」って激昂してね

【奏】
え……それで!?

【沙綾】
相当ロマンチストな美人なのよ。イケメン彼氏も最近ゲットして、唇は大事に取っておいたの

【沙綾】
こんなことなら、「死んだ方がマシだった」なんて云い出してねー

【譜已】
そんな……

【奏】
マジサイテーじゃんその人……

【美甘】
その、大学生の人……どうなったんだ?

【沙綾】
問題は現在進行形。大輪の法律上裁判沙汰にはならない筈だけど、本人は責任感じちゃってるみたい

【沙綾】
ホント、善意って笑っちゃうくらいに不利益呼んでくるわよねー

【乃乃】
全くですね(←目を押さえながら)

【奏】
ていうかサヤパイなんか詳しいよねヤケに。何で?

【沙綾】
現場見てたから

【奏】
ってアンタも野次馬の一人かーーーい!!!

【沙綾】
云っとくけど盗撮したの私じゃないわよー。やったら捕まる可能性大だし、事実やった人は逮捕されたし

【沙綾】
でも何もできずに周りに集まってた人たちが静かに盛り上がってたのはちょっと面白かったかも

【沙綾】
気道確保あたりから「うわっやるのか……やった!」みたいなノリでね

【美甘】
酷え……

【奏】
サヤパイ死んでいーですよー

【沙綾】
何で全然知らない他人を心配しなきゃいけないのよー

【沙綾】
知ってる? 一秒毎にこの世界のどこかで必ず生命の産声があがってるの

【沙綾】
それと同時に、必ずどこかで生命が真死を迎えてる

【沙綾】
人間も、結構そんなサイクルで誕生と死を繰り返してる種なの。じゃあ……

【沙綾】
今この教室以外の何処かで、誰かが死んでいる。自分の知る人かもしれない。勿論知らないかもしれない

【沙綾】
で、その人が死に瀕することに可哀想とか思うわけ? それ、滅茶苦茶疲れるわよー

【奏】
んぐっ……そ、その意見は分からないこともないけど……

【沙綾】
理不尽っていうのはたいてい、抗えない感情から関連して認識される。去年のボル山の噴火は凄かったわねぇ

【沙綾】
アレで一体何人、理不尽に死んだんでしょうね奏

【奏】
な、なな何が云いたいのさー!

【沙綾】
人は理不尽に遭う生物なの。しかもソレで死ぬことだって沢山。駆け寄れば巻き込まれる……噴火の時みたいにね

【沙綾】
ぶっちゃけ、理不尽に遭うことにいちいち意識向けるのって無意味だと思うわけ。まして関わりも無くて、いつどこでどうやって死ぬのか分からない他人の理不尽に顔突っ込むとか……

【沙綾】
勿論規模は違えど、助けたいからって噴石エリアに突入して死んじゃう人と同じ

【沙綾】
救えないアホよ

【美甘】
い、云いきりやがった……
Mikan
相変わらずの軽いスマイルで、SNSで云おうものならエラい勢いで炎上しそうなことを!

【奏】
こ、この……このパイセンは人間かあぁあああ……!?!?

【譜已】
そ、奏ちゃん落ち着いて!? ダメ、拳銃はダメ……!

【奏】
譜已ちゃん、止めないでぇこういう人間がいるから世界は平和にならないんだ多分んんん!!!

【沙綾】
まぁ世界平和とか考えないタイプだからねぇ私

【沙綾】
と、そんな感じの日常会話をマフラーさんとしてただけなんだけど、何かリアクションはあるかしらリーダー

【謙一】
ん? ああ……そうだなぁ……
Kenichi
取りあえず……

【謙一】
これ、ニュースアプリか何か?
一言で場の空気を完全に破壊する謙一だった。

【奏】
そこ!?!?

【美甘】
それ以前の話!?!?

【沙綾】
……………………
流石の沙綾もスマイルを消して「えー、うわー……え、マジ…えー?」みたいな視線を謙一に送っていた。

【謙一】
俺ホントこういうデジタルなもの慣れてなくてな……アルスとか画面あんま見たことないんだ

【謙一】
で、取りあえず頑張って光のニュースを読んでみたんだけど……何か話してた?

【志穂】
おめー今の話全スルーしてたのか

【謙一】
慣れてない事には一点集中して頑張るタイプなんだよ俺

【美甘】
とてもじゃないけど価値観を議論する空気じゃもう無くなってるな……

【奏】
だねー……はぁ~何か微妙に疲れた……一瞬で疲れた……

【譜已】
(た、助かった……)

【謙一】
にしても、ホント凄いなアルス。ちょっと前までは、何だっけ……スマホ? アレも凄えなとか思ったけど

【謙一】
今じゃもう画面をその場で形成するってんだもんなぁ
Kenichi
ちょっとだけ体験したことのあるスマホの感覚で、光のみで形成された画面に触れてみる。
タップ、アンド、すくろーる。
おお、ホントに指で弾いただけスクロールされてく!! 凄え!!

【謙一】
コレまじでどういう原理で画面作られてんだろ

【沙綾】
それ説明できたら私も開発側に就職できちゃうかもねー

【志穂】
まぁ、簡単に云えば多層コーティングした光面の“触覚”でアクションを判断してるってとこか

【沙綾】
説明できる人ここに居たわねー……

【志穂】
元々科学は相対化が本質だ。アルスはそれに徹底的に従ったに過ぎない

【志穂】
2は1と1で構成できる。この考えだけでアルスの機能、ていうか科学技術の7割ぐらいは説明できるんじゃねーか?

【美甘】
事もあろうに数学赤点候補のウチにその疑問を投げるのか志穂は

【謙一】
お前、何かすっごく詳しそうだな……

【志穂】
私は色々頼まれる側の人間だからな。そういうわけで、一つまた重大な任務を頼まれてしまったわけだが……

【志穂】
謙一、お前アルス欲しくないか?

【謙一】
は?
Kenichi
何だいきなり?
Kenichi
……………………。
まあ、何にしても――

【謙一】
要らないな

【沙綾】
えらくまたあっさりと……私だったらkwskって迫るわよ

【奏】
ていうか、アルス貰える的なイベント? 何でいきなり朝から?

【志穂】
外野は黙ってろー

【情】
だったら外野の居る空間で話すな
付近で眠そうに机に突っ伏していた情が言葉を出す。
どう見ても不機嫌である。

【志穂】
……それもそーだな

【志穂】
謙一、1限、時間作れ

【謙一】
文学なんすけど。訓舘先生来るんだけど

【志穂】
テキトウにやらせてろー。バルコニーで、その時また話す

【謙一】
俺要らないって答えただけじゃこの話題終わらないのか

【志穂】
終わんねえ。終わらせねえ
Kenichi
断言しやがった……まぁ、いいけどさ。
Kenichi
どうせ俺がアルス持つとか、あり得ないし――